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      2005.06.03  
   
 
 
 
   
 

No.38 「俺達はそこに喜びを見出したんだ」

堀川:日本の技術は元を辿れば間違いなく東映長編のころの技術から派生していったものですよね? あ、竜の子は違うかもしれないなぁ。
井上:竜の子は全然違うね。劇画から来ている。
堀川:日本のアニメーターが求めてきた作画スタイルの変遷は、時代を追って組み立てられるものですか?
井上:られるんじゃない、大雑把にならね。どの分野でもそうだけど、草創期は「わーい、絵が動いてる、すごーい、やったやったー(笑)」から始まって、さっき技術的には完成されていないって言ったけど、一定のね、物語を展開できるまでのアニメートの力は既に東映動画の初期「白蛇伝」のころに完成されているね。絵をコントロールするその根本的な技術は、ずっと達成できずに来てたと思うんだよね。
堀川:達成できないままいろんな要素を取り入れていった?
井上:そう、どれもこれも完成しないまま、どんどん更に細分化していっているところがあるから・・・(1963年)テレビシリーズの放映が始まって、あまりアニメートの技術を磨かないでカット割りである程度物語を構成できるようになってきてからは、更に動きをコントロールする技術を長い間追求しないまま、70年代、80年代、90年代半ばくらいまでずっと演出の技術で支えているようなところもあって、より作画技術の鍛錬って云うのは疎かになっていたんだろうね。
堀川:「日本のアニメ全史」にも鉄腕アトムの徹底した枚数削減が、複雑なストーリーを重視した日本特有のアニメーション作品を生んだし、さらにカメラワークやカット割りで見せる演出技法が発達したって云うようなことが書かれていました。
井上:あと、海外作品では絶対にとらないような複雑な構図、真俯瞰とかすごいアオリ(カメラが被写体を仰ぐ)とか、あと、カメラの画角を意識したようなレイアウトをとるのが日本のアニメーションの1つの特色だよね。ディズニーでは絶対やらないような、正面から捉えればいいようなものも、敢て描く必要の無いような描きにくいアングルで取る。日本ではどうしてもその複雑なアングルに囚われてしまって・・・ただえさえ技術的に低いのに、動かすには適さない複雑なアングルを取ったために動かすことに専念できなかったり、それをなるべくカット内では動かさずに構図の奇抜さで持たせるようなことを長い間やってきた。そう云う中でも友永(和秀)さんとか、なかむらたかしさんみたいに、アニメーション本来のね、絵を動かす醍醐味を実践する人が出てきたりしたのが70年代後半〜80年代。俺達はそこに喜びを見出したんだよ。他がほとんど動きを追求しない中にあって、アニメーション本来のね、楽しさみたいなものを実践する人達が出てきたころだね、80年代って。


No.39 「エポックな出来事」に続く

 


 
       
           
           
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