作画のとび箱  
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  No.24 育成を始めた頃に痛感したこと

堀川:今回面談をやってみて、彼等がもっと技術的な課題にもがいていると思っていたんだけど、目標の物量だけでパンパンで全く精神的な余裕がないから、ブチ当たっているものはずっとメンタルなものなんだと分かった。
吉原:メンタルな部分はね、普通は誰もかまってやらないからさ、環境が特別なんだと思うんだよね。アニメーターを東京と田舎でやるのとでは、多少時間の進む感覚に差はあるよ。少し時間の余裕を感じるのかもしれない。ただ、東京と同じやり方を強いても駄目だと思う。それは一期生の育成を始めてみて一番最初に反省した部分。俺が昔やったことの押し付けで怒っていてもだめなんだって。それは時代が変わっただけじゃなくて、あ、富山と云う環境も踏まえないと実は駄目なのかもしれないねってさ。「おまえ、それ、東京じゃ贅沢だぞ」って怒ったってしょうがない。そこは富山と云う環境に合わせるしかないのかなと思った。これ、東京で生活していたりフリーだったら、「そんなモンは教えてやれねぇんだよ」の一言で済んだと思うんだよ。今までもそう言ってきたしね、勝手に育つんだとか、ウメェ奴はそこにいるんだとか言えたんだけど、実際に若い子たちを預かる立場になったときにそれでは問題があるから、こちらにもプランを持ってやらなきゃならないことが出てきちゃった。良いか悪いかではなくて、自分の中で結論付けられるような確固とした何かを持っていないと何にひとつ教えられないと一期生で痛感したからさ、それからはもう、面接一つするにもこっちの勉強でもあるって云うさ、要するに自分もちゃんとした人間になっていく部分でもあると思うんだけど。

吉原:俺はどうしようもない作画マンだったと思うけど、少なくとも原画マンとしての経験が確実にある。俺なりに反省したこと、もしくはうまく行ったことって云うね。だから、今、彼等が悩んでいることの位置みたいなものは見てはやれる、分かってはやれる。あとはメンタルな部分、これは全員一律に言えなくて、人それぞれに言い方があるとは思うけど、こう云う言い方でここを乗り切ってもらった方がいいだろうって云うのはある。それは自信を持って言える、君は今はこれをやりなさいと。
違う会社の誰かにその教え方はまずいなと言われてもかまわない。ウチにいる限りはこうしなさいと言えるものがあるって云うか、そうじゃなきゃ駄目だと思う。俺は自分の経験からこれを強制します、それしか教えられません。だからまずそこから入ってくださいと。ただし、自分なりにやって行くうちに、自分なりの方法を覚えたり、結果的に俺のやり方とは違うんだと気づけるやつがいればそれはベストですよ。そうなりゃあいい。ただ、そこまで辿り着けよ、というだけで。
まずはそこからだと思うし、寧ろ教える方はそれくらいでいなきゃ駄目だと思ったんだよ。そこの責任を背負えない人は人に教えるのを嫌がるんですよ。それは教えることに自信が無いとか、人に強制したくないって云うことよりも、周りの外圧なんじゃないかな。周りから言われるのが嫌なんだと思う。でも、違うと思うんだよね。今回の面談でも俺を知っている人からすりゃあ、「オメェ、何言ってるんだよ、全然真逆のアニメーターとしてやってきたくせに」って言う人もいると思うんだけど(笑)、それは正直ものすごく痛切に感じていることです。でも、この立場になっちゃった以上やっぱり実感してきたものしか教えられないと思う。それはもう一点の曇りも無くそうします。嫌ならウチから出て行け! と。一応それだけは強く思っている。今は東京勤務で距離を置いちゃったので、たまに顔を見に行ったりするくらいしか出来ないですけど、その責任をとると云うことが意外に面白いことじゃなくて、すごくヒリヒリ感があるんだ。こう云うコーナーで自分の言っていることが載るっていうだけで、かなりこうヒリヒリしたものはあるんだけど、少なくとも間違ったことは教えてねぇって云う自負は無いとできないよ。

No.25 「会社が出来ることは」に続く





 
 
           
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