『明日に向かって、えくそだすっ!』【中編】[堀川]

2019.2.22

 さてさて、話は『えくそだすっ!』

 人材不足、スケジュールの破綻、製作費、若手の育成、長時間労働・・・

「僕らはこの状況を脱出したいんだ。誰か早く何とかして!」、とアニメーション業界内部から訴える声が年々大きくなっています。頭の中だけで考えていても問題どうしが絡み合っていて解決は容易ではありません。そんな時僕は、まとまらない脳内をそのままアウトプットしてみるんですね。鳥の餌を紙の上に放り投げるように、思考の断片を汚い字でバラバラ撒いてみます。制作会社の片隅にはたいてい使用済みコピー用紙が山と積まれていますから、クリップボードに挟んでおけば紙に困ることはありません。

 裏紙の脳内にバラバラに配置された言葉からにゅるにゅるとシナプスを延ばして、他の言葉と繋げてみたり、繋ぐ相手を変えてみたり、一つの言葉から方々に延ばしたり、を繰り返しているうちに、因果関係のありそうな言葉どうしが繋がって安定した『図』を形成し始めます。混沌としていた一つ一つの因子も、関係図として視覚的に把握できると問題を考え易くしてくれます。図形が思考の手助けになるのだとしたら、白い紙の上じゃなくて、いろんな色を配置したり、音を加味した空間で言葉を繋げたら、もっと脳の直感に訴えるような理解ができるのかしらん?

 話を戻しますね。例えば長時間労働の解決策について考えてみます。思いつく要因は1つや2つや3つや4つや5つ…じゃないかな。

1.製造工程の初期段階からどんどんスケジュールが押して、後工程のスタッフになるほど、自身ではスケジュールをコントロールできない。それでも納品期日に間に合わせなくちゃならないから長時間労働になる。

2.業界全体が需要過多で作品数に対して人材不足だから、1人が担う仕事量が多くなっている。クリエイターを確保するまでにかかる時間も、スケジュールを圧迫する大きな要因になっている。

3.制作会社も出来高報酬の多くのクリエイターも、薄利多売だから物量をこなす必要がある。物量をこなすには時間がかかる。

4.若手の育成が不十分で生産性が低い。監督の要求に対して技能のレベルが低いクリエイターも多く、成果物の質を修正底上げするために、演出や作画監督は膨大な時間を要する。

5.クオリティーへのこだわりが製造工程を煩雑にすることで時間がかかる。納得のいく成果に近づけたいという思いから、使える時間はギリギリまで使いたいという欲求がクリエイターにはある。

6.制作会社に在籍していないクリエイターに対しては、制作の集配業務を伴う。クリエイターが希望する集配時間は早朝から深夜までまちまちで、予定時間がズレることも多いが、スケジュールに余裕がなければその都度対応することになる。カバーする地域も首都圏の広範囲にわたる。

7.制作業務は、スケジュールの管理、スタッフの管理、予算の管理、品質管理、工程管理、集配業務と多岐にわたる。求められる品質は年々向上している。工程はどんどん煩雑になっている。人海戦術のスタッフ管理は大変な上に集配件数だって増える。これらを短期納品スケジュールで担当するとなるとね、【SHIROBAKO】のデキル制作進行宮森あおいが給湯室で放心していたとしても無理もないですなあ。制作の話を聞くと、同じ大変な仕事ならもっとクリエイティブなことに時間をかけたいと言います。そうだよね。僕もずっとそう思いながら仕事をしていた。

 こうして見ると、長時間労働の要因は、人材不足の問題でもあるし、スケジュール破綻の問題でもある。さらに、製作費や報酬に起因する問題だし、若手の育成が不十分なことも要因です。こういった負の要因ばかりではなく、少しでも時間をかけて質に拘りたいという欲求もある。これら全てを解決しなきゃ長時間労働の問題は改善しないと思うと思考停止を起こします。どこから手を付ければいいのか分からず、【SHIROBAKO】の武蔵野アニメーションの本田デスクなら「万策尽きた!」の一言で片づけそうです。こんな時こそコピー用紙の裏紙に要因の餌撒きから始めてみようと思いまして。

 これは単純な関係図で、要因の大きさは僕が感じる問題の大きさです。異論は大いに認めます。ここから1つ1つの要因どうしの関係を繋げてみると、A4の裏紙1枚では収まらない図になりました。

 ※こちらの図はクリックすると大きくなります。

 出来上がった図を見て、『ああ、そうか、そういうことだったのか!』とスッキリする瞬間が僕は好きです。今まで頭の中だけで考えていた理解がちょっと間違っていたことに気づくこともあります。一度書いた図も時間が経ってから見直して、何度も書き直すことがあります。たぶんこの図にも何度も修正を加えることになるでしょう。

 要因の因果連鎖が見えると、何が解決できれば、その影響で何が好転するのかも視覚的に理解できます。例えばこの図で『スタッフが大勢必要』が改善されれば、そこから延びる矢印の先にある要素『スケジュール調整とスタッフ管理と人材確保が困難』と『集配件数が増える』と『クリエイターの人材不足』の3つの要素を好転させるんじゃないかしらん? 負のスパイラルを正のスパイラルに転換させるために、着手する改善の優先順位が徐々に見えてきますね。

 こうしてみると関係図の作成は、物語の脚本を書く前の箱書きに似ていますね。物語全体を貫く『長時間労働改善』を目標にした大きな流れがあって、その中には何本かのストーリーラインが走っている。その1つのラインは関係図のオレンジの部分…会社視点のストーリーラインで、目的地に向かうには第1のハードルがあって、それを乗り越えたら次に第2のハードルがあって…。別の青いストーリーラインはクリエイター視点の物語で、同様に時間軸に沿ったハードルがいくつもある。緑色のストーリーラインは制作視点で解決に向かうドラマなわけで。これらの3つのラインが交差しながら結末に向かっていく物語のようです。

 物語に序破急があるように、負のスパイラルからの『えくそだすっ!』を時間の流れの中で考えてみます。

 大変なことに取り組むときには、その挑戦を楽しめるかどうかで湧き上がる活力が随分ちがいます。僕はこんな仕事をしているので、アニメーションになりそうな物語をイメージすることが多いかな。強大な敵が宇宙から次から次へと攻めてくる。奴らは制作現場が抱える問題のメタファーで、それに立ち向かう勇者の冒険譚を想像してみます。

 焚火を囲みながらチャッキーと仲間たち(※)は何を語り合うのかしらん?

「ラスボスを倒すために、勇者チャッキーは何と戦うことから始めればいいの?」

「あいつと仲間になることでもっと強くなれるんじゃないの?」

「次はどこを目指せば早くラスボスを倒せるの?」

「解決が比較的易しいものもあれば、時間がかかるものもあるでしょう?」

「いくつかのアイテムを手に入れてからじゃないと戦えない敵もいるしな。」

「みんな、外は吹雪だ。今夜はじっくり戦略を立てようぜ」

「要因の対策をみんなで考えましょうよ」

「ヨシ、とりあえずさっき挙げた7つだ。1つずついってみる?」

「そうだね! いつか吹雪は止む。そしたらきっと青空が見えるんだよ!」

1.『スケジュールの確保と管理』の対策

・プロデューサーのマネジメント力向上。特にプリプロのスケジュール管理。制作現場の生産能力に対して作品の適正カロリーの算出と方向付け。

・企画開発を先行してストックを作っておく。

・全作品の進捗スケジュールをプロデューサー間で相互検証する方法を導入する。

・若手制作進行の教育。スケジュールのシミュレーション、管理能力向上。

・作画、演出、3DCGセクションの内製率向上。

2.『人材不足、特にアニメーター』の対策

・社員クリエイターの雇用増員。

・アニメーター職に特化した養成所の設立と育成カリキュラムの確立。

・育成指導の経験を積み、指導者を養成する。

・人脈を広げるための制作の営業と、スタッフとの関係構築。

3.『薄利多売』の対策

・高付加価値の作品を手掛ける制作能力をつける。

・ファンやクライアントの信頼を獲得してブランディングにつなげる。

・制作会社の権利の取得。

・組織的目標管理による生産性の向上。

・品質向上でリテークによるコストを下げる。

・内製率の向上で非効率な集配コストや、スケジュール破綻に伴う人海戦術による管理コストを下げる。

・上記は内製率向上に伴う固定人件費上昇に対する施策でもある。

4.『育成が不十分』の対策

・社内クリエイターの継続学習の機会をルーティンワークに組み込み技能を継承する。 技能レベルの底上げ。

・チームでの生産性向上の取り組み。

・探究と研鑽、技能向上の社風を醸成する。

5.『クオリティーの拘り』の対策

・作品全体のクオリティーコントロールに対するP.A.WORKSの方針を明確にし、プロデューサーの意思決定の拠り所を作る。

・新しい表現に対応する作業工程の模索。

6.『集配業務』の対策

・内製率向上で成果物の大部分を1日1便(東京スタジオ⇔富山本社)一括配送。

7.『制作が担う業務範囲の軽減』の対策

・内製率を向上させることでクリエイターの確保問題は解消されるし、制作ラインの調整と管理がしやすくなる。

・本社に多くのクリエイターが在籍していれば集配業務と配送コストは激減する。

・制作が使用している工程進捗管理表と、発注内容や単価を連動させるプログラムを作成して、予算と請求管理業務を軽減する。

 ああ、雪深いアンデス山脈の洞窟で、動物たちが語るに相応しい物語でござるなあ!

 僕がよく『組織力を活かして』と言うのは、ここに挙げた施策で成果を上げるには、目的地に向けた冒険譚を、時間軸に沿った全体構成としてマネジメントすることが最も効果的だと考えるからです。これが有効な物語の適正規模は制作会社単位じゃないかなあ。目指す目的地やビジョン、施策は企業それぞれのものであったとしてもね。

 寧ろ、僕はいろんな制作会社が構想している、現状を好転させる戦略をいっぱい知りたい。制作現場の現状改善に向けた制作会社の取り組みで、お互いに良い刺激になるような物語がいっぱい提示されないかなあと思います。

 昨年末に本社スタッフ全員を集めて『有頂天LIFE Project』始動の話をしました。このプロジェクトに参加するチームは、それぞれに担うことがあります。会社が頑張る施策、制作チームが頑張る施策、クリエイターが頑張る施策があります。共通の目標は打倒ラスボスです。戦略の物語を書いて一つ一つの問題をクリアしていくことが、現状を嘆くばかりでもなく、他者に要求するばかりでもなく、自分たちの力で未来に希望の灯りを灯して、実現可能な方法で現状を改善する最良の方法だと思います。

 多くの人が望んではいても1人の小さな力ではできないことを、コミュニティーや、組織や、チームや、仲間の力で達成できるんだということを、繰り返しアニメーション作品で謳ってきた僕らだから、フィクションと現実の活動を結び付けようぜ!

そんなセリフを、恥じらいもなく愚直に言えるくらいには、アニメーション業界で長年仕事をしてきました。

 長くなったので今回はここで締めます。

 そんな訳で、次回は『3年間のビジョンを、DANG ! DANG! D-DANG!と。』について書こうと思います。あ、これ、松任谷由実の『DANG DANG』の歌詞なんです。

ではでは。

堀川憲司

※ TVアニメ「SHIROBAKO」より、主人公が大好きな昔のアニメーション『山はりねずみアンデスチャッキー』登場人物