Stance Stance Stance
 
  No.03 「9課がガニ股で走る」

後藤:作画が遊べる作品と遊べないない作品があるよね。攻殻は遊べない作品の部類に入る。コンテを見ただけでも逃げが無い。アイレベルが必ずフレーム内にあるとかさ、カットで表現することがコンテでビシッと決まっていて、遊びが許される余白が少なかったりするわけでしょ? 好きにやってもいいよって言われても、原画は好きにできなかったと思うんだよね。こんな芝居をさせたら攻殻の世界観に合わないだろうとか。原画を描くときには、攻殻の芝居はこうだろっうってイメージする、もう型にはまった動きがあるんじゃないかと思うんだよね。そこから外しにくいって云うか、外しちゃ駄目って云うか。例えば、キャラをガニ股で走らせることはできないでしょ? 「どんどんガニ股走りO.K!1コマ使って走ってもO.K!」、そう云う作品であれば、原画で自分の試してみたかった動きがテストできる。でも、攻殻はそんなにギャグがあるわけでもないし、それが出来ない部類に入る。
俺はギャグモノでタイミングを覚えたんですよ。そう考えると、今のI.Gの作品ってほとんどギャグが無いでしょ? 作画が遊べる余地が少ない。生活芝居は上手くなるんだけど、ギャグとか、好きに動かしたい盛りのアニメーターのモチベーションは上がらない(笑)、と思う。こう云う作品でご飯を食べるのであれば、作画でギャグっぽく表現しようとしても、キャラに合わせてちょっと大きく口を開くくらいなもので、こんなのやっちゃえーとはならないでしょ? クロマティー(*1)みたいな。やっぱりそう云う作品でないと、それはできないんじゃないかな。攻殻は遊んだとしても、もうビシッと、演出から「いや、コレでやってください」って云うのが返ってくる。会社でこう云う作品もやりつつ、遊べる作品も入れるって云う形をとっていかないとそれは無理だよ。
堀川:「xxx HOLic」なんかは好きにやれそうな気はしますよね。攻殻は自由度があるとしても、演出の要求は満たした上で遊びなさいと。画面で見て、「ここの原画は俺がやった!」って突出した個性でアピールできる人は相当高いレベルですよね。それを高いレベルで出来る人は、非常に限られた職人タイプの人だ、と云う話を中村豊(*2)さんがしてたんです。そんな人は既に劇場作品で拘束されているよって(笑)。作品としての攻殻、これだけ売れて視聴者に支持されている作品だし、I.Gの名前を世界に知らしめた攻殻でもある。この作品の質に対する貢献と云うのは作画のモチベーションになりえないのかなと。そう云う方向に価値観を持っていかないと、I.Gは今後ますます品質を求められるだろうし、作画が野放しに遊べる作品って少なくなっていくとは思うので。

*1:魁!! クロマティー高校
*2:中村豊 BONES所属のアニメーター

   
   
Copyright (C) 2004 PA works Corporation. All Rights Reserved