P.A.Press
2005.10.27

第4回 攻殻機動隊S.A.Cスタッフインタビュー/Stance Stance Stance「物語と映像の相乗効果を目指す」 中村 悟(作画監督)

後藤隆幸   キャラクターデザイン・総作画監督
関口可奈味  作画監督
中村 悟    作画監督 
古川尚哉   レイアウト作画監督
橘 正紀    演 出
河野利幸    演 出
吉原正行   演 出
遠藤 誠    3D監督
田中宏侍   撮影監督

「久しぶりのTV」

堀川:中村さんが決起集会で云われた2つのことが印象的だったんですが、1つは「この作品(攻殻SSS)が最後のつもりで頑張ります」

中村:ええ(笑)

堀川:みんなざわめいた(笑)。もうひとつは、「S.A.Cが自分の経験の中でもかなりステップアップになるような作品だと思ってやってきました」って云う話をされて。

中村:そうですね。

堀川:まず、そのことが非常に興味深かったんです。それはどんなところでしょうか?
中村:そうですね、単純にそれまで本当に長い間TVシリーズをやっていなかったんですよ。攻殻S.A.Cの前は「スチームボーイ」を3年くらいやったかな。その前は「BLOOD THE LAST VAMPIRE」のゲームで、その前は「バンパイアハンターD」をやっていた。その前も多分TVシリーズは暫くやっていないんですよ。
シリーズの良さは、作画で仕掛けたことが上手くいかなかったとしても、次に同じような失敗を繰り返さないように、今度はこう云うニュアンスで直してみようとか、ああじゃない、こうじゃないって、実践の繰り返しの中で自分のズレを軌道修正していけるところです。ずいぶん昔はそう云うことをやっていたんですけど、ここに来てTVシリーズ攻殻S.A.Cで本当に久しぶりにそれが出来たって云うことがとても良かった。

堀川:TVは結果がすぐ見られますもんね。仕掛けたことがすぐ確認できる。

中村:そうなんですよね。見た人の反応も結構ストレートに割りと早く返ってくる。

堀川:中村さんの反応はネットでも非常によかったでしょう?

中村:いやいや、そうでもないですよ。一番最初にやった18話のときは、「スチームボーイ」のケツと少し被っていたんですよね。しかもすごく時間がなくて、「これを1日何カットチェックして下さい」ってレイアウトの塊が積まれて。

堀川:TVシリーズらしい(笑)

中村:それを出し切ったら、今度は原画全カットをオカモチで持ってこられて(笑)

堀川:えっ!? そんなに一度には原画は上がらないですよね?どこかに貯めていたのかな。

中村:とにかく上げることに徹したんですけど、あれはえらくしんどかったな・・・心残りがあった。だから次はもうちょっと絵的な部分で、自分のやりたいことを出せればいいなと思って23話をやったんですよ。

堀川:評判良かったですね。

中村:そうですね。僕もかなり気合が入っていたんですけど、演出の松本淳さんもテンションの高い方だったので、いろんな意味で松本さんと関わった仕事はかなり面白かったですね。

堀川:シナリオを読んだときには、もっと淡々としたフィルムをイメージしていたんですけど、あれは職人演出がニヤリとする話数ですよね。面白かったですよ。

中村:ええ。かなりセリフが長い・・・ちょっと心配になりましたね。

堀川:(笑)

中村:あれだけ長回しで喋っちゃうと、アニメーションとしてどうなんだろうと思ったんです。でも、間とか繋ぎが計算しつくされていて上手いんですよね。

「色々やったりもしたけれど」

堀川:これだけ作品数が多い中で、中村さんが攻殻TVを選択した理由は何だったんですか?

中村:最初は押井さんカラーの作品をやってみたいと思ったんです。I.Gで攻殻と言えば、そう云う傾向の作品なのかなと思って始めたんです。でも、最初にコンテを読んだときに、『あ、これ、すごく面白いな、お話としてかなり練りこまれている』と。何だろう、絵的に凄いとか、キャラクターが格好いいって云うのは、結構色々やったりもしていたんですけど、上がったフィルムを見たときに、作品として面白いかって言ったら、なかなか。頑張ってやったけどって云うものが結構多かった。

堀川:そうですね。「絵は凄く頑張っているのに・・・残念!!」って云う作品は90年代から僕もいっぱい見てきた。P.A.も攻殻TVシリーズの制作は、シナリオ以降を請け負っていたので、シナリオが上がってくるのをファンのような気持ちで待っていたんです。

中村:そうですね。お話の方に引き込まれた感じですね、攻殻は。

堀川:なるほど。いろんなアニメーターに作品の選択動機を聞いてみたけど、話が面白いかどうかで作品を選ぶって言った人はいなかった。原作が好き、と云うのとはちょっと違いますよね。やはり自分が作画で何ができるのかが選択の動機になるようです。劇場「鋼の錬金術師」でグラトニーが暴走するシーンに非常に上手い原画マンが参加しているんですが、そのパートの演出を担当した中村豊さんに、何故その人達が参加してくれたのかと聞いて見たら、「上手いアニメーターから見ると俺の脇が甘くて、好きに描けると思って参加してくれたんだと思う」って。そう云うところはあるかな。

中村:(笑)そうですね。ただ、アニメーションは、物語と映像であることには違いないので、最終的に上がって見たものが面白くないと、やっぱり全然自分の中でも残らない。作品を上げたって云う感覚になれないと思うんですよね。

堀川:そうですよね。そう云う動機のアニメーターは少ないと思います。それに答えてくれる作品も少ないですけどね。

中村:ええ。お話の部分でって云う作品は少ないですよね、本当に。絵的なモノで引っ張って行くものが多い。でも、根幹のお話がしっかりしていないと。そう云う意味では安心してできる作品ですよ。上がった時にはお話は間違い無くしっかりしている。あとは絵的な部分で何とかしようと云うやりがいがある。

「リングコーナーで作画監督は」

堀川:決起集会で監督が、「攻殻S.A.Cの1stと2ndを通して僕が獲得しようと思っていた目標はですね、作品が大ヒットすること。携わったスタッフの労力に報いることができるのは、ヒットする他に方法は無いんだと、それを肝に銘じてやってきたつもりです」(神山監督語録No.123)と話したように、今回攻殻SSSで監督が提示した戦略目標もそこにあります。僕は戦略目標達成=ヒットする要因を考えてみたんです。まず制作現場でできることは何か。①エンターテインメントになっているか、②タイムリーなテーマ性、③話題性と公開のタイミング、④絵のクオリティー。ファクターはその4つだと思ったんです。これらのウェートと関係性を図にして見ると、実は脚本が上がるまでに監督が1人で背負っている部分が大きいことが解ります。このヒットに直結する企画開発の部分は、最も時間をかけて練らなければならない段階でありながら、システマチックになっていないと云うか、ほぼ監督1人の才能に依存してる状態であると。これは良くも悪くも日本のアニメーション、あるいは映画に特有なものじゃないかと。

中村:そうですね。

堀川:これからのアニメーションの制作会社は、そこに資本を投下するところが生き残ると思います。需要が多すぎて、引っ張り出す引き出しが無くなったシナリオの部分、アイデアが枯渇したデザイン、イメージボードを量産できるセクションの、組織的、機動的な取り組みですよね。監督は「日本がいつまでメーカーたりえるか」「企画開発部分を死守するしかない」(神山監督語録No.042,043)と。P.A.には資金力が無いので、I.Gがどんどん先にやって見せて欲しいと思っているんですが(笑)。攻殻SSSは、今回上がってきたシナリオを読んでも、やはりその部分は充分練りこまれている。エンターテインメントになっている。

中村:ええ。

堀川:じゃあ、僕らがこれから出来ることは、高いクオリティーの絵を作ることと、話題性を仕掛ける宣伝戦略への貢献ではないかと。アニメーション作品を手元に残しておきたいお客さんにとって、絵的な品質は絶対必要、今そこに取り組んでいるところですよね。
今回中村さんが攻殻SSSに参加しようと決めた動機は、TVシリーズからの延長線上にあって、お話として面白い、完成したモノが作品として満足できそうだと云うことでしょうか?

中村:今回は最後の作品のつもりで望みたいと云うのがあったんですよ。攻殻TVシリーズをずっとやってきて、2ndの終盤戦でテンションがブレていたんですよね。時間的なものがかなりタイトになって、やはり上げることに徹しなければならなかった。自分の思っていたところまで持ち上げられなかった部分があって、少し落ち込んでいたんですよ。攻殻は色んな意味で、今まで忘れていたようなモチベーションになる部分とか、仕事をする上で大切な何かを思い起こさせてくれた作品なので、今回はその総まとめの作品にしたいと。

堀川:I.Gで「イノセンス」と同時進行で制作された攻殻TVシリーズは、若手中心で作ろうと云うテーマがあったので、監督の求めるレベルまで若手が持ち上げられなくても、「やろうと思った証拠さえあればいい。(シリーズでは)それが出来たと思う」(神山監督語録No.021)と。ただ、今回は「集大成として、これくらいになったと云うものを見せようと思う」(神山監督語録No.022)と云う目標があります。

中村:そうですね。

堀川:そう云う意味だったんですね、「この作品が最後のつもり」って。僕はてっきりね、それを聞いたときに中村さんは体育会系の人かなと思って、僕と同じ「明日のジョー」にはまった世代って云うんですかね(笑)。僕ね、バスケット部だったんだけど、いつもこの試合が終わった時に、真っ白になっていたいなと思って走ってた(笑)。そう云うつもりで、この作品は初っ端からメーター振り切ると云う意味かと。

中村:(笑)いや、本当に、終わったときには全て出し切っていたいと思っているんですけどね。攻殻SSSに関しては、もう、やれることはやったなと思えるようにはしておきたいですね。

「3Dレイアウトの呪縛」

堀川:現在コンテが上がったのが全体の6割で、これからもっと原画マンに声を掛けていくんですけど、中村さんから原画マンに、「こう云う面白味があるからいっしょにやろうよ」、と言えるとしたらどんなところですか?

中村:そうですね、作品を作ったって云う満足感は、他のアニメーションでは得られないものがあると思うんですよね。絵だけ描いたぞって云うのはいくらでもありそうな気がするけど、後で客観的に見てもお話として、アニメーションのフィルムとして見て満足できるものが上がることは間違い無いと思いますけど。

堀川:作品を面白くするために貢献する。

中村:そうですね。

堀川:僕もね、最近アニメーターのモチベーションにそれを訴えられないかと考えているんですが、どこか綺麗ごとを言っているようで・・・、やっぱりアニメーターはもっとアニメートの部分の快感が必要なのかと、理屈抜きで描いていて楽しくなければと云うね。

中村:絵的に動かすことで?

堀川:お話として、作品として面白いのは完成した後の楽しみで、日々描いている作業の中に絵描きの本能を揺さぶる部分がないと、モチベーションは保てないのかなぁと思っているんですよね。

中村:どうなんですかね、ちょっとアレなんですけど、今回の3Dレイアウトシステムの導入は、レイアウトを描きたい人にとっては作画の面白味が半減しちゃうんじゃないかと思うんですよ。

堀川:そうですか!?

中村:僕はやっぱりレイアウトが自分で描けないっていう、描けないわけじゃないんですけど、3D出力されたレイアウトが入ってくると、それをどれくらい修正できるか、その拘束力がどれくらいのものなのか、作画的な面白味の半分が持っていかれたみたいな気が(笑)。

堀川:そういう世代がね、もう少数派になっちゃったんです。

中村:ああ、そうなんですか。

堀川:レイアウトに時間を割かずに、動かすことに力を入れたい人の方が圧倒的に多いと思います。

中村:ええええっっ!でも画面を作るのであれば、やっぱりレイアウトが一番楽しいと思うんですけどね(笑)

堀川:マイノリティーだと思いますよ(笑)。

中村:楽しいとおもいますけどねぇ・・・

堀川:TVシリーズで中村さんが作監された話数はどうだったか分からないですけど、あのスケジュールで作画監督が構図まで直しきれないんですよ。その負荷が演出にかかっていたんです。今、ほとんどのTVシリーズは、演出がレイアウトを直して、作監が絵をのせるって云う役割分担になっちゃった。作画監督が動きまで直すことだってままにならない。1日のノルマとの戦いになったときに、直しきれずに破綻したものを泣く泣く流すようなことはしたくないんです。クオリティーにこだわるのなら、演出が納得したものでありたい。僕はそのリスクヘッジの最善策だと思っています。もちろん、今回は出力したものをそのまま使用するとうと云う話にはなっていないと思いますけど。古川君も相当修正していますよね、演出意図に合わせて。

中村:いや、古川(尚哉)さんの直している意図は分かりやすいんですよ。やっぱり僕がやっている原画パートでも結構修正を入れられているので、「やっぱりこうだよなぁ(笑)」って云う部分が多いんです。どうなんだろう、多分原画マンにとっては、3D出力されたものにかなり拘束力されると思うんですよ。まだ慣れていないと云うか、そのシステムであまり描いていない人にとっては。3Dで出力されたものはパースとしては間違ってはいない訳ですから。ただ、自分がどう云う見せ方をしたいとか、ここの画面では何を見せたいのか、その意図を持って見ているって云うことを考えないと、とりあえず何かちゃんと納まっているから、この(出力された)線をトレスすればいいやって(笑)、描いてきちゃっている人もいるんじゃないかなと。

堀川:どうなんでしょうね、僕は演出が出力されたモノをチェックしているから、見せたいものの演出意図はクリアされていると思っているんですが・・・。関口(可奈味)さんも、そこは「どこまで手描きで対応できるんだろう」って話をしていましたね。その疑問と不安にはすぐ対処する必要がありそうですね。関係スタッフを集めてコンセンサスを取りましょうか。

「もっと漫画?」

堀川:攻殻の作画で、アニメートの部分の面白味は何だろうかって云う話をずっと聞いているんですが。

中村:どう云うアニメートが面白いって言うんですかね?

堀川:聞いてみると、このシーンは僕が描いたってアピールできるような、ハッタリの効いた、けれんみのあるアクションが多いですね。

中村:もっと漫画?

堀川:そう云うことですね。地味な芝居は今のアニメーターには敬遠されます。中村さんの世代はリアルな芝居を追及した世代ですね。

中村:ええ。

堀川:みんな20代でそこに挑んだ人たちが、今は40代前後になっている。今の若いアニメーターは、もうそこを目指していなくて、もうちょっとマンガっぽいもの、カリカチュアライズされた動き。80年代、90年代が特殊で、今は元に戻っているんですかね。それが悪いとは全然思わないけれど、でも、攻殻の世界観は監督の云うように「作品がそれを許さなかった」(神山監督語録No.017)部分がありますよね。

中村:そうですね。S.A.Cに参加して最初のキャラを見たときに、すごく作品の世界観とのギャップを感じていたんですよ。

堀川:キャラ表(キャラクター設定)ね?

中村:ええ。こんなにシリアスな話なのに、バトーのオチャラケた表情があったり、モトコのはにかんだような顔が描いてあったり(笑)。

堀川:ありましたね(笑)。

中村:これはどう云うことなんだろうって。お話の世界観とキャラ表が求めているところの差をどう理解すればいいんだろうって。自分でもあまり似せられないので、「草迷宮」まではキャラ表を撫ぜたりして、なんとか近いラインで描ければなと思って描いていたんですけど、やっぱり全部キャラ表の顔が違うので(笑)

堀川:(笑)

中村:難しいんですよね。「草迷宮」の後あたりから、モノの流れが何か異様な速さで怒涛のごとく押し寄せてきて、そこからは息もつかせぬ感じで「機械たちの午後」と「北端の迷走」と「楽園の向こうへ」を(笑)。『ええっっ!』って、そんな感じでしたね。

堀川:確かに『この内容をこんな間隔でやっているんだ』って(笑)。 
今回の攻殻SSSでは、後藤(隆幸)さんがキャラ表をかなりリライトしていますね。

中村:うん。かなりリアルな、落ち着いた感じのキャラ表に。

堀川:この世界観、このキャラクター設定で、きっちりした芝居で見せていこうとすると、『うわー、大変そうだな』って、尻込みされてしまうことが多いんです。それで監督と、上手いアニメーターにとっての参加メリットは何だろうって云うことを、定例ミーティングで長い時間をかけて話したことがあるんです。制作がアニメーターを説得する材料が何か欲しかった。監督の脇は甘くないしね、攻殻の世界観の制約もある。監督が「80年代の(作画の)奔放さの功と罪」(神山監督語録No.019)って言ってたんです。それでアニメーターは伸びた、アニメートの表現の幅も広がった、良かった部分もすごくあるけれど、そう云う暴れ方をしたいのなら、攻殻SSSではないって云うことですね。

中村:そうですね。アニメーターが目立ったことができる作品では無いですね。どこかが突出したことができるって云う作品では無いかな。やっぱり最終的に上がったものが面白い。どうなんですかね、けれんみのある奔放な動きをやりたい人たちにとっては、我慢を強いるのかもしれないですけど(笑)。

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