P.A.Press
2019.1.25

P.A.養成所のこと。若手アニメーターの育成のこと。 【後編】 [堀川]

『育成に掛けた時間とコストと期待は、いずれ報われるのか。』

 いままでのP.A.WORKSの育成方法を見直したこれらの改善施策が、全く問題を抱えていないベストなものだとは言えません。たとえば、カリキュラムの作成にも、チームの継続学習にも、彼らは原画を描く以外の時間を割いている訳で、日々の作品制作でスケジュールに追われながら、その中で学習と育成のための時間を捻出するので、短期視点で見れば原画マンの生産性は落ちます。全員社員雇用にして経済的に保証することでしか取り組めなかった試みだと思いました。

 それらを人材育成コストとして試算すると、小さな制作会社の経営に与えるインパクトは、もう、ね、真っ赤に燃焼した炭火を敷き詰めた大鉄鍋に跳びこんで、裸足で踊っているようなものです。正直、無茶をするにもほどがある。

 かといって、もっぱら膨れ上がるコストに耐えている訳じゃありませんよ。そのコストを捻出するために、何を改善すればそれに付随して何が好転するのかの因果連鎖を把握して、いろんな視点から同時にアプローチを始めています。それを推進しているのは、全社をあげての戦略だからこそなのです。

 何ゆえP.A.WORKSはこの方法で若手育成に取り組むことを選んだのか? と、まあ、あんまり訊かれることはないと思うけれど、訊かれなくても答えます。真っ当な作り方で持続可能な制作体制をできるだけ早く構築したいからなのです。切実に。

 「この最優先課題をクリアして、クリエーション部の内製を漸次強化していくことで、ようやく今の制作環境が改善される希望が生まれるのだ!」ということを、機会があるたびに社内の彼方此方で語るのが、今の僕の一番大切な仕事になっています。

 最後に、僕が今も落としどころを探り続けているテーマのこと。

 上手いアニメーターほど向上心があるもので、本音を言えば、彼らは若手を育てることよりも、自身の技能を磨くことに時間をかけたいと思っています。

 そう考えてみると、若手育成の適任者は、現在使われている作画表現を良く知っている現役アニメーターであり且つ、「俺は、心は思春期のままでも技能的には成熟期に達したなあ」と自覚するようになり、「今後自分はこのアニメーション業界に何かで貢献できるだろうか?」と考えて、「長年かけて修得してきた技術の継承と、若手の育成が俺の使命なんじゃないかしらん」と照れもなく言えて、若手の中に自ら飛び込んで接することができる人かな。

 その謙虚な指導姿勢の見返りに、若手の仕事から刺激をもらって、それを第一線でアニメーターを続けるモチベーションにすることができる人は、僕の知っているアニメーターの顔を思い浮かべても、少ないようでけっこう居ると思いますよ。

 この条件に照らしてみると、P.A.WORKSで育成を担当する講師陣はまだ若く伸び盛りで、本心では自分の技能向上に時間を割きたいはずです。その時間を若手の育成に費やしてくれていることは、この時期にP.A.WORKSに在籍していた縁とはいえ有難いことです。

 今のアニメーション業界で、人に教えた恩恵が将来自分に返ってくるという、そんな見返りは望めるものなのか。育成によって次世代の原画マンの技能が向上すれば、それを統括する演出や作画監督の負担が軽減されるという好循環が生まれるのか。会社が人材と時間とお金と期待を注いで若手を育成した結果、アニメーターに帰属意識が芽生えるとか、先輩は育てた後輩からの恩返しを期待できるならば、『情けは人の為ならず』の諺を頼みに頑張れるとは思うのですが…うーむ。

 現実には、一般の仕事に比べてアニメーターは昔から人材の流動性が高いんですね。若い頃は特に、新しいチャンスを求めてひとつの職場に留まらないことが多いのです。この傾向は、雇用形態がフリーランスでなければ抑止力にはなると思いますが、力をつけたアニメーターほど、もっと上の制作環境を目指したいと思うものです。自分の力を試せる質の高いアニメーション作品の制作に参加したいと思うのは自然なこと。憧れの監督やクリエイターから「いっしょに仕事をしないか」と誘われれば、「これを断ったら二度と声を掛けてもらえないのでは…。人生は短い。挑戦しなくては!」と心が揺れるのも無理はありません。

 そのモチベーションと姿勢は否定できるものではないし、その貪欲さは第一線を走り続けるクリエイターにとっての原動力になっています。

 そもそも、多くのアニメーターは反対する家族を説得して、才能頼みの不安定な職業を選んだ人たちなんだから、自分がやりたいことの為には行動力を発揮するのも当然なんですね。

 ただですね、育成に力を注いだ側の人間には『その気持ちは理解できる』というだけです。僕自身は、『大きな目で見れば業界全体のアニメーター育成に貢献した』と考える心の広さを持ち合わせていたりはしませんよ。鉛筆一本で制作現場を渡り歩いてきたベテランアニメーターならば、「まあ、俺も若いころは同じだったから、お前の気持ちは分らなくもないよ」と思ってもらえるでしょう。別れの挨拶に来た若者に「頑張れよ!」とせいぜい強がってみても、背中には『ガッカリだ!悔しさでいっぱい。』と書かれています。

 時間とコストと期待をかけて育成したアニメーターが、せっかく戦力になった頃に次々に辞める、あるいは他社に引き抜かれることが繰り返されれば、そのうちに人材を育成することがバカバカしくなって諦めてしまいます。これは力のあるアニメーターが甚だしく不足しているアニメーション業界で、現実に起こり続けてきた、そしてこれからも起こり続けるであろうことです。僕もそんなことがある度に力を落としますが、P.A.WORKSがビジョンを達成するためには諦めずに、無力感と何度も闘って乗り越えなければいけないことなのだと自分に言い聞かせています。

 企業や制作チームのようなコミュニティーによる成果への貢献と、個人の自由意思尊重の考え方は、アニメーション制作に限らず普遍的なテーマですね。クリエイティブな仕事では特に強く意識されると思います。それを「それは永遠の課題だね」と思考停止するんじゃなくて、僕の数十年の経験とアニメーション業界の実情に照らし合わせて、二つの対立する考え方の落としどころはこのあたりじゃないか、というところを探り続けているくらいには興味を持って向き合っています。と、言いますか、逃げたくても、何度でも向かい合うことになります。

 とりあえず、今僕が目指しているのは、彼ら若手がP.A.WORKSでずっと作品を作りたいと思えるような会社に少しでも早くなることです。生き生きと楽しそうに働く先輩アニメーターの姿を見せてやること。P.A.WORKSで作品を作ることが、在籍するアニメーターにとって、小さな誇りになるくらいのブランディングを目指す必要があります。

 余談ですが、もしこんな人材の流出が【SHIROBAKO】の武蔵野アニメーションで立て続けに起こっていたらどうなんだろう。ムサニの若手原画マンを育ててきた杉江さんと小笠原の二人なら、給湯室で顔を合わせたときにどんな会話をするだろう?

【SHIROBAKO】で数々の名言を生み出した横手美智子さんなら、どんな台詞を書くかなあ。

小笠原「また、振り出しに戻ってしまいましたね」

杉江「小笠原君。人は成長とともに組織や自由に対する態度が変わっていくように思う。僕自身のことを振り返ってもね。若い彼らの考えていることは、僕のアニメーター人生の節目、節目に全て経験している。それで僕が何を得てきたか、何を犠牲にしてきたか。それを語ってやることくらいしか僕にはできないんだ。」

小笠原「それで良いのではないでしょうか。みんな、いつか杉江さんのようなアニメーターになりたいのですから。勿論わたくしも」

どうだろう…まだ辿り着けない。

堀川憲司

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