P.A.Press
2005.10.25

第4回 攻殻機動隊S.A.Cスタッフインタビュー/Stance Stance Stance「紙に向かって静かに楽しむ」 関口可奈味(作画監督)

「(世界はいつも私に対して)そうだったんです」

堀川:仕事の取り方と自己管理についてはどうしていますか?

関口:基本的には来た仕事を自分のペースでやっているんです。貰った仕事をここまでに終わらそうとか、何て言うんでしょう、自分の中でこれくらいに終わるかな?って云うものが感覚としてあるんですよ。絶対に無理なときは他の作品はとらないんですけど、大抵そう云うときは仕事が来ても、こちらのスケジュールに合わせて上手く、「じゃあこれくらいで」って調整してくれるじゃないですか。そうすると、『あ、これくらいなら出きるかも』って云う感じで、前に貰った仕事をちょっとスピードアップする。無意識に、このペースじゃ終わらないって体感すると云うか、結局作業時間が増えちゃっているだけなんですけど。

堀川:「無意識に」仕事量に合わせてコントロールできているわけですよね。それで僕の耳には、「ちょっと今回は無理かも」って関口さんに言われても、「ちょっと今回は無理(すればできる)かも」に聞こえてしまうわけですね。なるほど、そう云うことだったのか。

関口:・・・コントロールが出来ているかって云うと微妙なんですよ。睡眠時間は削られるし、生活時間もズレていくし。ただ、この日に絶対終わらせたいって云うハードルを決めちゃうと、やっぱり2、3時間はズレてきちゃうんですよね。だから最終的に1日延びちゃうかもしれないけれど、でも、この業界って1日2日の原画UP日のズレは飲み込んでくれるじゃないですか?

堀川:全然だよね(120カットでたった1日、2日なら・・・涙)、全然ですよ。

関口:そう云う意味では自分の生活時間を無意識に犠牲にしちゃっているんでしょうけど、ただ、仕事を持っていると手持ちの仕事を消化していくことに快感を覚えてしまうようなところがあるんです。『遊びに行きたい!』とか、あれやりたい、これやりたいって云う欲が出なくなってしまうんです。

堀川:一種のランナーズハイですね。僕の感覚ですが、たぶんその感覚を理解してくれるのは業界の12%のアニメーターですね。

関口:でも、その仕事の終わりが見えてくると、『これが終わったら遊びに行くぞ!』って云う頭に切り替わるんです。その頃には次の仕事の予定が決まって、仕事を終えて、晴れて自分の時間をとって、次の仕事をスタートするって云うのが大体のパターンでしょうか。

堀川:この業界のタイムスケジュールは誰を中心に組まれているのか、ちょっと解った気がします。僕らにも労わりの心を(笑)。
関口さんは例えば攻殻のTVシリーズの原画だと月どれくらいできそうすか?

関口:攻殻ですか? どうでしょう、作品1本だけに絞ったのはIGPXが久しぶりなんですよね。1本に絞って可能な数を意識して上げてみたのは。I.Gを辞める直前の頃はMAX80カットくらいやっていたのかな。勘定の仕方がちょっと、月何カットできるって云う言い方が分からないんですよね。同一作品だけなら複数作品を平行して作業するよりも可能な作業量はアップしますし。

堀川:収入から逆算するって云うことは? これくらい稼ぎたいからこれくらいやろう、今月は、とか。

関口:いや・・・無い、と云うか、請けた仕事を自分のペースでやると、それなりに納得できる収入になるので・・・もうちょっと欲しいからもうちょっと貰おうって増やしたことは無いですね。

堀川:あ、そうなんだ。稀有な・・・。

関口:恵まれているって言えば恵まれているんですが、そうだったんです。これだとちょっと足りないなと思えば、ちょうどいい仕事が入ってくる。そんなノリで今まで成り立っちゃった。収入が少なくなったときも無くはないんですけど、そんな時は次に大きな仕事があるので、ちょっと息抜きしてみようとか。収入についてはあまり悩んだことが無いんです。

堀川:やれやれ(笑)。

「そこには蓋をして」

堀川:8月に聞いたのは、攻殻の原画を売り込むアイデアが欲しいと云う話でしたが、今回は既に参加してくれていると云うことで、これから原画マンを口説くときの参考にさせてもらいたいんですが、まず、作監を請けようと決めた理由を聞かせてもらおうかなと。

関口:理由ですか(笑)? 自分と云うよりも、他からの評価なんですが、第一に、監督と総作監が私でOKしてくれたと云うことです。それと、堀川さんには自分の仕事のペースとか、仕事ぶりを直前まで見ていてもらっていたので、その上で依頼してくれたのなら自分の仕事の仕方を評価してくれたのかなと云うあたりで、堀川さんから貰ったと云うことと・・・

堀川:そこ、聞き取れませんでした。もう一度お願いします。

関口:・・・あ、いや、うん・・・(笑)、それで、最終的にはいろいろ条件を提示したところで、西村さんからもOKを頂けた、まあこんな感じです。正直に言えば攻殻って云うタイトルは、自分がI.Gに入ってから劇場の第1作目(*1)が動き出したんですよ。その時は動画マンだったんですけど、もう、ビッグな先輩方の原画を見ていて、こう云う原画を私が将来描くことは、在り得ないんじゃないかと思いましたし、TVシリーズが動き出したときには、あれがテレビになるの!?って。タイトルにはそんなイメージがあるので、自分の力量では力不足と云う不安はありましたが、総作監の後藤さんからもOKを貰えたので、それならと、自分の力不足への不安には蓋をして(笑)。

堀川:キャラについてなんだけど、#22のモトコを原画で見たときにね、これは関口さんなりに目をアレンジしているのかなと思ったの。でも、今回のSSSで最初に上げたレイアウトを見たときは、初っ端でここまで(キャラ表通りに)持ってくるかと。やっぱりその辺りは原画のスタンスと作監のスタンスは変えているのかな、と思ったんですね。そう云うわけでは無いですか?

関口:今回は作監をやることが前提だったので、その辺は心構えとして

堀川:後藤さんをサポートしなきゃって云うのも?

関口:あるし。

*1 攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL

「今の自分の位置」

堀川:作監をやる面白味って何かを聞いたときに、『この人がやりたい動きはなんだろう?』って見るのが楽しいと。「そう云うものを主張してくれる人の原画から刺激を受けたい」と言われていた。でも、今のTVシリーズでは残念ながら作監の負荷がとても大きい。確かにP.A.WORKSの「鋼の錬金術師」も、関口さんが作監で支えてくれたと云う思いがあるんです。シリーズ後半にスケジュールがタイトになった時でも、最後まで1人で作監をやり通してくれた。BONES班が作監2人体制を敷いた後もね。

関口:あのスケジュールでは何とか大丈夫でしたね。P.A.WORKSはグロス出しだからBONESさんが絵コンテのチェックを優先してくれたんじゃないですか?

堀川:(笑)、もちろん、ラインプロデューサーはグロス出しのスケジュール確保を優先したいけれど、話数の優先順位を変えたりすると、設定や色彩設計、美術に余計な負荷をかけることになるから、全体の進行を考えるとそんなに簡単なことじゃないんですよ。

関口:ああ、連続ものですしね。でも、てっきりそうだと思っていました。だけど、BONES班は早い時期から作監2人体制になり始めたので、『何で私は1人~?』と思いもしましたけど。

堀川:(笑)感謝しています。今回の攻殻に関しては、関口さんが言われていたように、その面白い原画とか、個性を見ながら吸収できる、勉強できるって云う部分はもっと体感させてあげられると思っているんです。今はそう云う作品は減っているからね。そのあたり、作監で参加したときに、取り組みで何か考えられていることってありますか?

関口:そうですね、攻殻に関してと云うことでは無いですけど、常に上がってきたもので『コレは!』と思ったら、暫くじっと見て、自分がやれそう、真似できそうならこっそりと。結局は作画監督になると上にチェックくれる人がいないので、そうなっちゃいますよね。

堀川:関口さんはどちらかと云うと、デッサンとかデザイン処理の面白味の方のなのか、動かすことにこだわってみたい方なのか。どっちなんですか?

関口:そう云う意味では中途半端なのかも知れないですね。一概には言えないです。作監タイプと原画マンタイプとに分かれるとすると、今の自分がどの位置なのよく分からなくて。周りからは原画の数もやれると言われて、それなら原画の数をやった方がいいのか、作画監督で絵を統一する方が向いているのか、自分でも良くわからない。でもずっと作監を続けてやるとイライラするし、原画だけではオンエアーをチェックしても自分のパートは部分的でしかないですし、作監をやった方が一本やったって云う充実感はあります。結局交互にやってモチベーションを保っているのかも知れないですね。

「不思議なシルエットにはまる」

堀川:僕がBeeTrainで初めて見た関口さんの絵の印象は、骨格がしっかりしていた。線も力強くて女性らしくない絵だと思ったんです。

関口:骨格に興味があるんです。

堀川:クロッキーをやっていたとか?

関口:無いです。えーとね、高校生のときは「THE八犬伝」、山形厚史(*1)さんの絵が好きだったんですよ。スラーッ、スルリとした感じが。当時は歴史もの、新撰組が好きで時代劇ものがやりたかった。何でしょう、日本人独特の体型って云うんですか、それを覆う?着物のシルエットがすごく好きなんです。着物を描くときは資料を見つけてきて、服の仕組みとかを調べるんです。それを、まず骨格を描いてそれに着せると?って考えていくんです。良くアニメで袴がスカートっぽくなっているものがありますよね? 古い白黒の実写の時代劇ビデオを見ると、日本の袴はああ云うものじゃなくて、実はここ、後ろに止めた帯の上に袴の上の後ろが乗っかってポコッとしていて、横から見ると仕組みを知らないと描けないような不思議なシルエットしているんですよ。ああ云うものにすごくはまっていたんです。もしかすると、そこからリアル系の、骨格がしっかりしたキャラが好きになったのかも知れないですね。首が細いキャラは苦手なんです。難しい。お手本が無いので、センスと基礎が無いとアレンジ出来ないんです。こう云う世界ですって言い切っちゃえるようなギャグものは平気なんですけど。

堀川:人を描くときでも骨格とか筋肉の付き方とか、そう云うところにこだわって描くの?

関口:筋肉詳しいかって言うと良くわからないんですよ。骨格も、体型の類型で分けられるくらいの範囲でしょうけど。

* 1:山形厚史 キャラクターデザイン・作画監督

「基本ですよね、裸ははは」

堀川:P.A.本社で毎日クロッキーをやって黒板に貼り出しているんです。それでね、クロッキーの講師を呼ぼうかってみんなに提案したんですよ。

関口:先生ですか?

堀川:そう。クロッキー教室があるじゃない? その話をしたときにみんなの反応が鈍かったんだよね。何でだろう、せっかくなのにと思ったの。それで、みんなといっしょにクロッキー描いてみたの、俺が。描けないよ、描けないけど。

関口:はい(笑)

堀川:それで解った。みんなモデルを見て、こう云うものを描きたいと云うイメージはあるんだけど、それが形にならないことに苦しんでいるんだ。たぶん、それは教えてもらうもんじゃないよね。それが形にできるように訓練するものなんだね。

関口:そうですね。

堀川:見たものを描くだけなのにイメージ通りに描けない。やるべきことはもう分かっているから、あんな反応だったんだなって。俺も描いてみて面白かったから、Amazonでクロッキーの本を買ったの。クリムトとか、エゴン・シーレとか、ミューシャ(*1)のドローイング集が洋書で安く買える。それ見て『俺、今日はエゴン・シーレ風で』って(笑)。無茶苦茶ダイナミックでカッコイイんだ、これが。若い子に「松本大洋、絶対エゴンシーレの影響受けてるよな?」って聞いたら「指がゴツゴツしているだけじゃないですか」って。そりゃそうかも知れねぇけどさぁ。

関口:(笑)

堀川:それでね、筋肉がしっかり描かれている、『俺、じゃあ今日はミケランジェロで』って、男の子がモデルだったんだけど、筋肉の付き方を想像して描いてみたの。腿の筋肉って外側から内側にねじれてたような気がするけど、どうだったっけって。当然描いたものは想像で、ヌードになるんだけど、それを黒板に貼ったら大変だった。二十歳の女の子が叫んだんだ。「セクハラです! 何てことするんですか!」って。

関口:(笑)

堀川:「やられた方の身にもなってください!」、「いや、待て待て、俺はただ筋肉がどう付いているかなって想像で・・・」、「自分がやられたらどんな気がするんですか!! 嫌な気持ちになるでしょう!!!」、『いや・・・それほど』って。

関口:はははははは・・・でも、基本ですよね、裸ははは。

堀川:俺もそう思ったのに。クロッキーの先生は呼ばなくても、ヌードモデルは描かせてやりたいと思ったけど、俺の人生の半分しか生きていない娘に罵倒されるのはもう御免だよね。

*1 Gustav Klimt One Hundred Drawings \1,367
Schiele Drawings 44 Works \863
Drawings of Mucha:70 Works \1,224

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