P.A.Press
2005.10.25

第4回 攻殻機動隊S.A.Cスタッフインタビュー/Stance Stance Stance「紙に向かって静かに楽しむ」 関口可奈味(作画監督)

「クロッキーは別の畑」

堀川:大将(吉原正行)がね、クロッキーがルーティンになると仕事にフィードバックされ無いよって云う話をしてたの。やっていることで安心している、描き終わったら半死にしているくらい集中しているやつが出ているならOKって。

関口:クロッキーで培ったものって確かに基本なんですけど、使えないんですよね。アニメでカッコよく見せる見せ方って違うじゃないですか? その基礎を知った上で、そこからこれを削るとか、そうするのが一番いいんでしょうけど、うーん、私は何か別の畑のような気がして・・・。

堀川:そうですか。俺ね、描いてみてもうひとつ気が付いたことがあるんです。手が遅い原画マンで、下描きをいっぱい描く、それも線が定まらずに何本も何本も描きながらアウトラインを見つけて紙が真っ黒になっているような下描きを描いていることがよくある。

関口:はいはい。

堀川:何回も下描きを繰り返して、段々線を整理しているって言っていたんです。描きたい線が一発で決められないって。
関口:そうですね。

堀川:クロッキーで、まず流れとバランスを簡単に取ったら、アウトライン1本で描き出すじゃない? 線を重ねずに1本の線を、全体のバランスをとりながら選択していくのって、ものすごく集中力がいるんだよね。僕が描き慣れていないからかもしれないけど、書道くらい。線引くときはほとんど息も吸わない、静かに吐くだけ。でも描いて、『あ、そうか』と思ったの。全体のバランスをとりながら、この1本のアウトラインが、スーッと思い通りのところに引けるようになれば、原画で下描きグリグリ描かなくても良くなるんだって。そう云う意識で毎日やっていれば、原画にフィードバックできるんじゃないかと思った。究極はキャラ表を頭に入れて、下描き敷かずにイメージしたものを一発で描ける。描けるようになりたいって云う集中力だと思うの。喋りながら描いているようなのは駄目。確かに10分息止めて線引いたら死にます。僕なんかヘロヘロで2枚目はもう惰性。描く集中力が残って無い。それで、毎日長時間描くアニメーターの集中力の凄さに気づいたの、15年目で(笑)。あれは俺は持たない。死んじゃう。

関口:どうなんでしょうね、自分に当てはめて考えると、クロッキーは別なんですよね。

「数学の公式は使えない」

関口:クロッキーじゃない気がするんですよ。レイアウト用紙に収める技術って云うのは。あるに越したことは無いデッサン力ですけど、何か作画の実践に活かすことを意識したクロッキーの方法がいいんですかね? 着ている服を違う服にしてみるとか。

堀川:うんうん。

関口:実際に立ってもらってポーズを決めるじゃないですか、その横に作品のキャラクターを持ってきて、それに変換して描くとか。一時期そう云うことをよくやっていたんですよ。このポーズいいな、と思った写真があったら、それを自分の好きなキャラクターに描き直してみたりとか、それは一番役立った気がします。

堀川:それいいね。あの・・・もう10年前になっちゃうけど、エヴァンゲリオンの#18だったかな、黄瀬さん作監の回の教室のレイアウトを見たときに、『何じゃこりゃー』と思った。前かがみに肩の力を抜いて座った、自然な姿勢がすばらしかったの! 

関口:はい、そうですね。

堀川:みんなね、クロッキーのときは力を抜いて座ったポーズが描けるんだけど、原画では力んで座っているのね。直立の骨格しかイメージできないからかな。何故クロッキーのあのポーズが原画に活かされないんだろう。

関口:そんなに簡単には行かないですよ。

堀川:不思議だったから、クロッキーのときに顔だけキャラ(表)の顔にしてみたらどう?って、俺、そう言ったの。それを反復すれば実践で活かされるよ。硬いポーズ描いたら違和感を覚えるはず。『描いては見たけど、なんか変』って。

関口:(笑)、あの、昔数学で公式を一生懸命覚えたんですよ。でも、どう云う時にどの公式を当てはめればいいのか判らなくて使えなかったんですよ。

堀川:そうか。

関口:結局どこに覚えたクロッキーの公式を当てはめればいいのか判らないんですよね。それなら実用例で覚えていっちゃう。絵コンテのこのカットを今日はクロッキーの題材にしてポーズをとってみる。そのカットを担当した原画マンはラッキーって。

堀川:今は便利なデジカメがあるから、そのポーズを撮ったものを参考にするようなことはやっているみたいだけど。

関口:ああ、そうですね。

堀川:あとはクロッキーのときに、俯瞰とかアオリとか腕ナメの位置からデジカメで撮っておいて、カメラが写したものを想像で絵にして見なさいってやってる。描けないですね、本当に。

関口:描けないですね。活かす部分と活かさない部分って実際に違うじゃないですか。その見せ方って深いですよね。

堀川:その描けなさっぷりを見たときに、想像でどんなアングルでも描ける原画マンって、俺が今まで考えていたよりすごいんだなと気が付いた。15年目にして。

関口:(笑)

堀川:初めてその遊びをやったときに、床からアオって人物撮ったの。描かれた絵には足の裏が描かれていたんだ。床から撮ったらカメラに足の裏が写ると想像したってことだよ。原画マンとのこの差は何だろと。頭の中でそれが組み立てられるようになるにはどれだけ訓練がいるものなのかと。
でもね、この遊びは絵が下手なのは別にしても、俺の方が新人よりも解答に近いものが描けたりするんですよ。それはたぶん、そう云うアングルの絵を原画でも動画でも、実際の仕事で見てきた構図がいっぱいインプットされているからだと思うの。いい絵をいっぱい見ると目が肥えてくる。「人狼」を作ったあとは暫くの間アニメを見ていても、キャラの動きがパースに乗っていないと気持ち悪くてしょうがなかった。そんなところは目をつぶった方がアニメを見るときには楽しめるのに、ストーリーには全然身が入らない。質の高いものをいっぱいインプットするのも良し悪しだね(笑)。どんな飯でも美味いと思える幸せもあるけれど、彼らはプロのアニメーターだから、その幸せは諦めないとね。

「確信犯で嘘をつくとき」

関口:うーん、結局絵を描くときには、「こう見えるんです」じゃなくて、「何を見せたいの?」って云うことになっちゃう。確かにこの位置にこの人とこの人立っているよ。でも、このコンテのカメラ位置から実際に撮ったら、この人はこうは見えないよって云うときがあるじゃないですか。だけど2人とも入れなきゃいけない、入れた上でレイアウトのバランスと、この人の表情も見せなきゃいけないって言ったら、つかなきゃいけない嘘があるんですよ。でも、見て気持ちいい絵って嘘だったりするじゃないですか。嘘を本物っぽく描く、騙し絵なんですよね。

堀川:今回はレイアウトの3D出力が多いから騙し絵を作りづらい部分があって、結構古川君(*1)は調整しているみたいなんですけど。

関口:そうなんですよ。今回はその辺にも興味があるんです。自分で描くときも確信犯で嘘をつくときがあるじゃないですか? このアイレベルじゃ絶対この辺は見えないけど、見せなきゃいけないから収まり優先で描くことがよくあるので、ごまかしが効かない3Dで出力するって云うのはチャレンジだなぁって。どこまで対応しきれるんだろうって、気に掛かってはいるんですけど。

堀川:今回の3D出力はあくまでガイドラインで、演出意図で修正が必要なものは、それを元に手描きで描き直していますよね。でも、理詰めではこうなんだけどって云うのが示された上でなので、最初から破綻しているものの描き直しではなく調整で済むんです。

今回3Dで出力する割合をどうするかをミーティングで話し合ったんです。最近はアニメーターのレイアウトに対するこだわりがね、ごく一部を除いて以前ほど無いと思うんです。どうもいろいろ話を聞いていると、アニメーターのモチベーションはアニメートに、動かすことに行っているんじゃないかと。そこに戻っている。

関口:ああ、そうかも知れないですね。

堀川:きっちりとしたレイアウトが少ないんです。それは高いレベルの作品でいつも嘆かれてはいるけれど、僕はその部分はもう打つ手無しだと思っているんです。3Dレイアウト以外誰も代案を示せていない。レイアウトは今後どんどん3D出力になると思います。僕個人はそれをあまり嘆いてはいなくて、アニメーターがアニメートで元気になるならいいとも思っているし、美術スケジュールも確保できる。むしろ、通常のTVシリーズでも、作画のレベルを考えて平面的な構図を取っていた絵コンテも、その必要がなくなるんじゃないかとも考えたんです。
今回はスケジュールと週間ノルマも考えて、クオリティーを上げるだめに、レイアウトは極力3D出力にしたほうがいいと進言したんです。「最高よりも最善を」って、川元さん(*2)が「アニメーションRE」で語っていた。名言ですね。あの人の仕事の姿勢でそれを言うから説得力がある。
神山監督はその結論、「1カットでも多く3D でレイアウトを構築していくしかないね」、が出たときに、「いいレイアウトを‘手で描く’と云う時期は、ある一世代で終わったんだね」って。

* 1:古川尚哉(ふるかわひさき) 攻殻SSSレイアウト作監
* 2:川元利浩 BONES取締役 アニメーションディレクター

「紙に向かって静かに楽しむ」

堀川:関口さんはキャラクターデザインにあまり興味が無いって聞いたことがあるんだよね。

関口:やることに? そうですね、センス無い、と思っているんです。どちらかと云うと真似るのが好き。いろんな絵を描きたいと云うのが根底にあるようですね。真似をする楽しさの方、それを動かすのが楽しいんじゃないかなって。

堀川:うん。アニメーターはそう云う職人的な人が多いと思っていたんだけど、後藤さんが「アニメーターにはオリジナリティーが大切だ」と話されていたので、あ、そう云う意見もあるんだと。

関口:オリジナリティーと云うのは、解釈のしかたがいろいろとあるんでしょうけど、個性って、例えばみんな上手い原画さんで、キャラ表に似せたとしても、やはりみんな違いますよね。そう云う部分の個性って云うことですかね。この人がやると作品のコンセプトに沿っている範囲の中で、この部分が面白いとか、そう云う微妙な範囲のオリジナリティーなのかな。デザインで特異性を求めすぎると、悪く言えばあくが強くなるでしょう。後藤さんの言われているオリジナリティーは、そう云う部分なのかなぁって。

堀川:後藤さんと、若いアニメーターのモチベーションについて、今は昔より品質を求められる、疲弊している現状、脚光も浴びなくなったし、新たな表現もなかなか出てこない、そう云う話をしたんですが、関口さんは何に面白味を見出して、アニメーターをずっと続けられているんでしょうね?

関口:なんでしょう(笑)?

堀川:血なんだね、もう。

関口:1回1回の仕事の中で楽しみを見つける。結局のところは動き出してから、紙に向かう段階になって静かに楽しむ(笑)。

堀川:それいいね、「紙に向かって静かに楽しむ」。

「スバラシイ! スバラシイ!!」

堀川:先日うちの若い原画マンが横断歩道で車に撥ねられたんです。

関口:えっ

堀川:僕は上京していたので翌日知ったんですが、びっくりして・・・いろんなところを打ったらしくて、大怪我じゃなくてホントに良かったんですが。

関口:・・・ええ

堀川:大丈夫かって聞いたら、「それが・・・、私、ずっと病院に運ばれている間、撥ねられてから落ちるまでのモーション、どうだったっけ、どうだったっけって、ずっと思い出そうとしていたんです」って。

関口:スバラシイ! スバラシイ!!

堀川:「君は素敵です」って言ったんだけど、井上俊之さんの「介錯されて絶命するまでに、自分の首の切り口が見える一瞬があるんじゃないか」とか

関口:(笑)

堀川:僕には君のようなアニメーター病?が理解できない(笑)、とも言ったんです。アニメーターは日常から動きを分析する姿勢が必要だって言ってもねぇ。関口さんは動きを分析するこだわりは何かありますか?

関口:昔はお金貯めてジョグ付きビデオとビデオプリンター買って出力してみたり、今はDVDでコマ送りも静止画も綺麗に見られるようになったので、見ていて気になった動きは巻き戻して見ていますけれど、そう云うすごいエピソードは無いです、切り口はすごいですねぇ・・・(笑)

堀川:ま、それは人体輪切図鑑にすごく興味があるとか、ちょっと変わった個人の嗜好性のものではと・・・。
時間感覚でも、アニメーターってたぶん正確に1秒間を刻めるんですよね?

関口:自信は無いですけど、先日友達と渋谷の電気館に行ったときに、1分間だったか3分間だったかを計ってみようって云うのがあって、時間が来た!と思ったらパッと押すんです。やったらピッタンコでした。「ワーッ!ワーッ!」(万歳)って。

堀川:へぇー、3秒ならわかるけど、3分のタイムシートはまず書かないでしょう?

関口:1分だったかな? ピッタリ00だった。偶然かも知れないから2度はやらないことにしたんです(笑)。

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