P.A.Press
2019.2.8

『明日に向かって、えくそだすっ!』【前編】[堀川]

 毎年立春の頃には、腰が埋まるほど深い雪の下で春を待つ大麦の苗も、暖冬の今年はワサワサと田んぼ一面に緑の葉を広げて陽光を浴びておりまして、「光合成万歳♪」と歌っているでござる。僕は田園を覆いつくす雪の柔らかな青い影が好きなのに。こんな朝にベット・ミドラーの『The Rose』-【おもひでぽろぽろ】主題歌の原曲ですね―を口ずさみながら散歩するじゃないですか?

 Just remember in the winter

 Far beneath the bitter snow…

この歌詞がちっとも似合いません。なんてこったい!

 先週はP.A.WORKSの理念について書いたので、今回は昨年10月に掲げた3年間のビジョンのことを書きます。僕が考えるビジョンというものは、今立っている場所と、そのずっと先にある理念を結ぶ道程のマイルストーンみたいなものですね。とりあえず3年間頑張って走り続ければ、P.A.WORKSが辿り着けそうな目標がいい。

 長い道程の冒険譚には成長過程がありまして、高邁な理念を語るなら、まず、それに相応しい作品を創作することです。それ以前に、そんな作品を創作する力のある制作現場を作ることだと考えている訳で。現在のP.A.WORKSの身の丈に合ったビジョンを設定しようと、次の順番で考えました。

  1. アニメーション業界の制作現場の現状はどうなってるの?
  2. 抱えている課題を整理して対策を考えよう。
  3. 3年間のビジョンを、DANG ! DANG! D-DANG!と。

【1.アニメーション業界の制作現場の現状はどうなってるの?】

 社内報『白ヤギからの手紙』第1号では、アニメーション業界とP.A.WORKSの現状分析をツラツラと書いてみたんだけど、全部書くととても長くなるので簡単にまとめます。

 大体こんな感じです。

・相変わらず慢性的な人材不足ですよね。人を育てなきゃって誰もが考えているんだけど、人材育成を企業活動に組み込むには課題もあります。

 このことは以前のブログ『P.A.養成所と若手アニメーター育成』で詳しく触れましたね。

・人材不足だし作品数はどんどん増えるしで、制作現場はクリエイターの確保が大変になっています。これが制作スケジュールの破たんを招く大きな要因になっているんですね。

 ブランド力のある、規模の大きな会社によるクリエイターの囲い込みが始まっていて、激しいスタッフ争奪戦になっています。それ故、超売り手市場のクリエイターの雇用形態は、出来高の嘱託契約から固定報酬契約に緩やかに移行しています。これは、人材の激しい流動性の抑止という視点では良いことのように思えます。その反面、人材確保に伴う人件費上昇は、制作会社の経営を圧迫してもいます。

・これまで製作委員会の主な収入源となっていたBlu-ray等パッケージ売上の激減を補うように、海外の映像配信会社から得られる売り上げは堅調に上昇傾向にあります。その恩恵で制作予算も交渉できるようになったのは明るい材料ですね。でもですね、「この傾向がいつまでも続くと思うなよ」、と影を落とす要因もヒタヒタと迫りつつあります。

・日本のアニメーション作品の歴史的な変遷を見ると、アニメーションの視聴者ターゲットが子どもから成人に移り、大人の鑑賞に堪えうるものが求められてきました。それと、アニメーション制作に情熱を注ぐクリエイター自身が、高い表現技法を勤勉に開発した結果、日本特有のアニメーション表現が醸成されてきた訳です。

 その一方で、表現の進化に伴ってデザインや制作工程がどんどん複雑になり、クリエイターの生産性は落ちました。今も生産性向上で期待されている制作工程のデジタル化は、いろんなセクションで作業の効率化に貢献したんだけど、デジタル化が可能にする豊かな表現もまた、表現を探究するクリエイターにとっては魅力的な訳で。結局、益々デジタル化によって製造工程は煩雑になる傾向にあって、効率化と煩雑化の相殺によって生産性は飛躍的には伸びてはいないんですね、今の所だけど。

・深夜帯のアニメーション作品が主流になったことや、娯楽のバリエーションが増えたこともあって、子どものアニメーション視聴習慣が昔に比べて減ってしまいました。ということは、若年層が「自分もいつかアニメーションを作ってみたい!」と目をキラキラさせる『クリエイター予備軍』になる機会の喪失ですよね。この傾向が今後変わる兆しもないので、この先の人口減少に加えてアニメーション業界を目指す若者は減り続ける現実を受け入れなくてはなりません。僕たちは対応策を考えなきゃね。

・じゃあ、P.A.WORKSの現状はどうなっていうと、本社にプロパーのクリエイターがいて、彼らがだいたい作画と3Dの半分くらいを担ってくれているんだけど、それでもアニメーション業界の全体傾向同様人材はもっと必要なのです。

・スケジュールの管理は、この人材不足に加えて、より質の高いものを作りたいというスタッフの欲求と、視聴者やクライアントの期待に応えたいという思いで、コントロールが甚だ困難です。ホントに難しい。特にオリジナル作品のプリプロダクションには時間がかかっていることも本編スケジュールを圧迫している要因じゃないかしらん。

・2年前に作画のプロパースタッフを全員社員契約にしたことで人件費が大きく跳ね上がったんだけど、それによって組織的な取り組みを導入しやすくなりました。このことは、今後の改善に向けて組織力を活かした施策を軌道に乗せる上で、大きなプラスの要因になっていると考えています。

 こんなところですね、制作現場の現状を簡単にまとめると。ご覧のとおり、彼方此方から悲鳴が上がっています。まあ、アニメーション業界に限ったことでは無いでしょうけれど、この悲痛な叫びをセリフにするなら…

『明日に向かって、えくそだすっ!』、かなあ。

 これは【SHIROBAKO】1話のサブタイトルですね。

 エクソダス:Exodusには脱出という意味がありまして、劇中劇【えくそだすっ!】のOP『あいむそーりーEXODUS』を作詞した水島努監督は、「苦しかったら 我慢しないで 逃げちゃえ 壊れちゃう その前に♪」と軽快に歌わせています。

 たぶん、水島監督は制作進行経験を思い出しながら作詞したんじゃないかしらん? 監督の現状を歌ってるんじゃないよね? 飛行機や戦車だけじゃなくて、劇場【SHIROBAKO】の絵コンテもどんどん描いて欲しい!

 という訳で、次回はこの現状を僕たちは如何にして『えくそだすっ!』するか。

 『抱えている課題を整理して対策を考えよう。』について書こうかなと考えています。

ではでは。

堀川憲司

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