P.A.Press
2003.11.12

第1回 神山健治「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX 監督 過激なインタビュー」

石川さんのポケットの中身(1) ―動画のお姉ちゃんがBMで通勤する日―

とにかく逆なの

堀川:石川さんはどういったスケールのことを考えてるんだと判ったら、社員も鼻息荒くなるし、見習って頑張ろうって気になると思うんだけど、何故か全然語らないよね。そこは一人でやってる。やってることに気付いた時にはもう結果が出てることが多い。

神山:それがスゴイのかもね。今回の攻殻でも夢の第一歩までは来たと思うんですよ。本当に少しずつ少しずつ勝ち取ってるわけです。型破りだし、すごい度量があるしね。石川さんの最終的な目標は、「動画のお姉ちゃんがBMで通勤できるまで俺がしてやるよ」って、たぶんそう思っていると信じたい。ディズニーの仕上がロールスロイスとは言わないけど、ベンツで通勤しているなんて話もある。石川さんはそこまでしたいと思っているんだよ、多分。だけど、したいとは思っているんだけど明日にはならない。しかも、君達がサボっていたらならないよって言っているんだと思うよ。言葉の裏にどう云う意味が隠されているのかを考えると、本当に素敵だなと思う反面、怖さはもるんですよ。石川さんはよく本音と逆のことを言うしね。ニコニコしながら「偉いなー○○は」とか「うーん、そのジャッジはいいよ○○」なんて言っている時は、たぶん怒られてる時だから。冷や汗出るよね。お金がある時こそ締めるし、会社が一番厳しい時にすごい社員旅行に連れて行ったりとかね。だからみんな判りかねるところはある。判りやすく恐怖政治を敷いてトップダウンで全てを行っていくタイプじゃないんだよ、きっと。だからこそ、石川さんは何を考えているんだろうかとか、こう考えているかもしれないって理解して、じゃあ俺の立ち位置では何をすべきかってことは考えるよね。

石川さんに「この企画どうかなー」って言われるのも非常に怖いよ。『うわー、これは絶対にやれってことなのかなー』と思って―攻殻の時はそう思った―「いいと思いますよ」って答えたら、「ええっ!うーん、そうか・・・、じゃあ考えなきゃな」。『!?』って言う時もある(笑)。何も考えていないのかもしれないし、本当にわからないんですよ。

石川さんのポケットの中身(2)  ―本田宗一郎がピストンリングを磨き終えた日―

その時期にI.Gにいられることを誇りに思うもん

神山:俺は石川さんに直に聞いたことはないけど、たぶんI.Gブランドで流通まで確保して、ソフトメーカーにまでなろうと思っていると思うよ。ただ、内部にそう云う部署を抱えることは、これはすごいリスクじゃないですか。バンダイビジュアルのデジタルエンジン構想が、制作現場を持つリスクを証明したけれど、逆にね、メーカーにまでいかない限りこのロス構造は無くならないんだって云うね、そこまで石川さんは考えているじゃないかと思うわけ。わかんないよ、これ、石川さんの考えることだから。

本田宗一郎が自動車メーカーに進出しようとした当時、国が日本の自動車産業をすごく後押ししていた。「海外と競争しなきゃいけない時に、国内に第三の自動車メーカーを創るとは何事だ」と、 通産省のハードルが非常に高くなっちゃったんです。自動車メーカーになることが非常に難しくなった。「競争している時期じゃないんだ。お前のところは技術はあるからトヨタの傘下になれ」とオファーを受けた。その時に本田宗一郎は、「とんでもない」と、自由競争って云うのはそういうことじゃないんだ。それを国がスポイルしてどうするんだ、と。「ホンダがメーカーになることで、トヨタと切磋琢磨することが日本の自動車産業が海外に勝つことなんだ」、と言って強引にメーカーになったわけですよ。

石川さんもそれくらいのスケールでは物事を考えているんじゃないかと思いたい。俺は。その時期にI.Gにいられることを誇りに思うもん。ピストンリングを磨いていた町工場のオッサンがホンダは自社で自動車を作りますと。そういうところまでは来たんだって言っているんじゃないかと思っている。本田宗一郎級かそれ以上、俺達が度肝を抜かれるようなスケールでね。

堀川:僕のような制作や経営者から見てもI.Gがね、アニメーション業界のリーディングカンパニーとしてどんな成功例を見せてくれるのかな、とか、石川さんが描いているシナリオってどんなものかって考えるだけで刺激になりますよね。

神山:以前借金のしかたを例えにして、松家(プロデューサー)に話しをしたことがあるんですよ。
たぶん石川さんはポケットに150万円あるのに、お金無いから100万円借金させてくれないかなって云う借金の仕方をするんじゃないかと僕は想像する。でも、松家はポケットに50万円しかないのに、返すめどはあるから100万円貸してもらえないかって言い方をしていると。その差は大きい・・・。もちろん石川さんだって博打打ってる時はあるかもしれないよ。でもポケットスカスカでね、あたかもあるように勝負に出たって、一回は成功するかもしれないけど続かないって。それは勝算あっての博打ですよ。

説得する商売だ

他者を説得する時期に来たってことですよね

神山:人を動かしていかなきゃいけない立場なのは、経営者だろうが監督だろうが同じじゃないですか。押井さんはこう云う言い方をよくするんだよね。説得するって。「説得する商売だ」って。理想を言えば「納得」してもらうのが一番いいんですけど、万人が納得することってありえない。その時は「説得」しなきゃいけないんですよ。その繰り返しだって云うね。押井さんは最小単位も最大単位もそうだって言うんですよ。ようするに、動画マンが原画マンになりたいんです、と云うのも先輩を説得することだと。自分が監督になる時にね、「うーん、彼だったら監督をやってもいいだろう」ってみんなに思わせる、これも説得だと。スポンサーに金を出してもらう、これも説得。もっと言えば観客が面白いと言って金を払ってくれる、これも説得なんですよ。押井さんのロジックは「説得」と云うところに全てが帰結しますね。俺もそうだと思う。今後は俺や堀川さんは、もうボチボチそっち側なんだよね。説得される方が楽なんだけど、そろそろ場合によってはインチキを買ってでも他者を説得していく時期に来たってことですよ。例えば、「この動画、影で潰れるかもしれないんですけど描く意味あるんですか?」って言う動画マンを、「あるんだ」と。「君がその影で潰れるかも知れない動画を割ってくれることが、20万本の売上に繋がるんだ」、と説得していかなきゃならんのです。で、20万本売れないことが続けば会社は潰れるし、監督はできなくなると云うところに来たなーって云うことが分かった。

爆心地に近かっただけだった

神山:実はどのセクションでも、新人の動画マンであろうが、会社の経営者であろうが、大なり小なり同じ状況であると云うことも分かった。ここまで歩いて来てみたら。だからね、監督というのは高さではないと云うことがわかりました。監督というのは爆心地に近かっただけです。だから横から見るとフラットだった。登っているのかなと思ったけど、登っているわけではなかった。高見に上がったわけではなかった。新人の時から爆心地に近い所に向かって歩いて行ってただけ。そこにだいぶ近くなったんだって。そういう感覚です。

監督と云うよりは、おそらく仕事ですね

そこに求心力がある仕事があれば

堀川:今後ポテンシャルの高い現場作りにP.A.WOKSは取り組んでいくんだけれど、I.Gを見ていて、監督を中心にして全てのスタッフをその周りに配置していく、I.Gにはだいたい「監督の現場」の地盤ができているんだよね。限られたメインスタッフだけスタジオにいて、ラインは全て外といった作り方ではない。

神山:インハウスで全部やることがいいことかって云うのは、これは何とも言えないけれど、一つの理想形ではあると思うんですよ。I.Gは結構それを作り得たと思うね。そういう意味ではかなり理想に近い現場だと思うんですよ。ただ、そこに必要な物は監督と云うよりは、おそらく仕事ですね。だから僕が仮にそこにいなかったとしても、そこに求心力がある仕事があれば自ずと人は集まるよね。次に、その現場を預かった指揮官が確固たる方向性を提示できるかできないかにかかっていると思いますね。それは二番目だね。だから僕は絶えず爆心地にいたいと思っているし、そこにいる努力をし続けると思うけれど、その為にはやっぱり、そこに集まってもらうための「仕事」がなければいけないんだってことだね。無ければ企画を出すし、自分の出した企画以上にそこに求心力がある仕事があるならば、それを受けるか、それが合わなければ断って他の人にその資格を譲るべきであろう―「現場」って云うことを考えた場合には、そういうことなんじゃないかと思うんだけどな・・・。

俺はベラベラベラベラ喋るわけ」

監督をやりたいんだとしたら

神山:「仕事さえしてくれれば才能あるんだけどねー」と言われ続けて、ついに仕事をせずに業界を去って行く人を結構見ていますよ。「俺が伝家の宝刀を抜いた時はお前が死ぬ時だ」みたいなことを言いながら、最後まで鞘から刀が出なかった人はいっぱいいます。俺が自分から行動を起こすのは、押井さんのようにプロデューサー的な手腕もいくらかあって手練れた人に多く出会ってきたから、そういう習慣がついたって云うのもあるし、このI.Gに来てから俺が監督をやる―好きなことを具現化するためには、俺には何が必要なのかをすごく学んだからです。

まず自分がどうなりたいかと云うビジョン。基本的に俺は作品を作りたい。でも、俺はスーパースターでもないし、黙っていても「君、監督をやるべきだよ」って言ってくれるような人が現れるわけがない。行動を起こさなければ俺に監督をやる目はないことがすぐに分かった。監督をやりたいんだとしたら、監督ができるんだということを示すしかない。振られた仕事は一応ほとんど受けた。受けた仕事でいい結果を残すしかないんです。

全部シミュレーションした

神山:引き受けた仕事で、監督をやる時にはどう云う事はやるべきで、どう云う事はやってはいけないかをシミュレーションしたし、上手いアニメーターが揃えばいいけど、そうでない場合はどうすればいいかと云うシミュレーションもやった。あと、1本の作品を引き受けた時に1回しか経験できない音響作業や編集作業を大事にしましたね。音響監督の誰と組む場合には何をやっておくべきかもシミュレーションしました。だから今回音響監督が若林さんに決まった時も、どこをどれだけやっておけば、あとは任せておけばこんなになっちゃうんだと云うことも計算できた。それは全部監督になるまでのシミュレーションで練習したことだよ。

だから監督になってから作りたい物のビジョンをさがすとか、やりたい物が無い奴が監督をやる事は本当はありえないんだよ。作りたい作品がどう云う物か―最終的な到達点のビジョンを具体的に言えることが重要なんです。それは他人に説明すればするほど構造は強化されるしね。俺が作りたい作品はこうなんだってことを俺はいろんな人を掴まえてベラベラベラベラ喋るわけ。そうしているうちに自分の中で構造は強化されるんですよね。堀川さんも、そうした方がいいんじゃないかな。ただし、明日年商1億にするって言われても、これは、「明日俺、宮崎さんになるんだよ」って言っても誰も言うこと聞かないでしょうけど(笑)

堀川:うちは年商5億になるまで年商は載せないの(笑)

神山:年商は載せなくてもいいけど、目標は人に言っちゃう。そい云うプレッシャーを自分に課していくって云う意味でも話すんですよ。俺はね、そう考えてんだ(笑)。

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