P.A.Press
2005.3.1

第2回 井上俊之 業界トップアニメーターに聞く-アニメーターの養成について-

キーワードは執着と訓練

堀川:その価値観がぼんやりとでも見えてきたら、次は実現のために課題を探そうと。僕はね、職人アニメーターのキーワードは何か考えたんですよ。二つ思いついたんですけどね、1つは‘技術’、もう一つは‘自己管理’=セルフマネジメント能力。この二つを兼ね備えていることです。井上さんは両方突出しているんですよね。アニメーターを職業としていくのであれば、自己管理能力の中でも特にタイムマネジメント能力を兼ね備えていないと。

井上:うん。

堀川:この二つの課題について、「何をすればできるようになるのか教えてください」って言われたら、僕はどう答えよう、彼らにはどんな情報や知識が必要なんだろうとずっと考えていたんですが、これも間違いだと解ったんです(笑)。井上さんの先回のインタビューを読み直して、―やっぱり僕には記録しておくことが必要なんですよ―この解決策に関係ありそうな箇所で、僕の引っかかる言葉を拾ってみたんです。これがそうです。50くらい。

井上:(プリントアウトしたメモをみて)えーっ(笑)

堀川:それでですね、同じような内容のグループに分類してみたんですよ。その集まりを一言でまとめたら何だろうと考えてみたんです。そしたら、まず、井上さんから学ぶべきは技術ではなく、これだと。

井上:執着ねぇ・・・

堀川:姿勢でした。技術に対する執着心と、自己管理=物量と時間管理に対する執着心。執着心を持って、継続して訓練することなんだと。

井上:性格みたいな部分があるからね

堀川:巧くなりたいと云う強い思いがないと、いくら井上さんが技術の知識を与えてくれたところでモノにならないな、と。まだその前の段階なんです。

井上:執着心は教えることは出来ないよ。ある種持って生まれたものだからね。

堀川:でも、少なくともアニメーターになりたくて入ってきた子たちだから、もっと強く興味が持てれば・・・そんなの持ってろよで終わるのではなくね、執着心が強い人が勝ち残ると。最終的にはね。

井上:うん。

堀川:何を探ればいいのかわからないような段階の子たちに興味を持たせて、執着心を持つきっかけが作れないか、現場の教育でね。

井上:うん、そう云うことが例えば職場で話題になる、最近どこへ行っても職場でそう云う話をしていないのがさ、気になったんだよ。「ここやったの誰だろう」って話題になるようなことがさ。まぁ、正解が判る判らないはともかく、引っかかる作画がある。巧すぎて引っかかっても、妙な癖があって引っかかっても、何でもいいんだけど、他との違いを発見する。見分けられる力は無いと駄目だし、そう云うのが気になったときには、職場で話題にするって云うようなことがさ、大事だと思うんだよね。そう云うことを話題にしていい。そう云うことがないと、なかなかアニメーターの仕事に対する気運が広がっていかないね。例えばマニア同士の会話を聞いて、あ、そんなふうに見てるんだ、とか、自分はサラッと見ちゃったけど、先輩の言っているのを聞いて見直してみると、確かに他とは違うな、とかね、そう云う興味は小さな一歩だけれど、大きな前進だと思うんだよね。

堀川:そう云うことを語っても日々目前の仕事に追われてなかなか自発的には取り組めないようなので、それさえも課題をいっしょに考えようと(笑)。

井上:ははは(苦笑)。

違う違う違う -20代で物量の限界は決まる!?-(1)

堀川:自己管理能力にも繋がる話なんですが、彼らの成長プランを考えたんです。何年くらいでどんな段階に到達するのを養成の目標としようかですね。それで、またWEBアニメスタイルのanimator interviewや何冊かの本から、優秀な先人アニメーターの作品経歴と、そこに到達した年齢を比べてみたのがこれです。データー重視の井上さんに。これを見ていたら面白いことが判ったんですが、更に僕を焦らせました(笑)。

井上:ハハハ

堀川:まず、みんなアニメーターになってから2年以内に原画になっている。

井上:それは当時は普通じゃないかな。森本晃司さんは3ヶ月くらいじゃなかったかな。福島敦子さんに至っては1ヶ月くらいだって聞いたけど。

堀川:それから、その人たちの代表作となるようなテレビシリーズで、井上さんなら「GU-GUガンモ」の月100カットとかね、高い水準で物量もバリバリこなしていたのは何歳頃かを見たら、みんな25歳くらいまでには到達しているんですよ。

井上:うーん、数的には原画のデビュー作で90カットくらい描いていたから。ただ、本当に今から考えるとラッキーだったんだよね。ゆるいよね。作品の基準がゆるくて。

堀川:ただ、みんな25歳までに物量を徐々に増やしていったんじゃないと思うんですよ。

井上:違う違う違う。そう云うのじゃなかったよね。新人だから40カットって云うのじゃなくて、初原画こそ何カットか振られてラフ原画でチェックを受けたけど、次からは確か90カットくらい割り振られたような気がするんだよね。

堀川:そのタイムマネジメントについては後で聞きたいんですが、このデータを見たときにね、漠然と仕事を続けていれば巧くもなるし、こなせる物量も増え続けると20代の前半では思っているかも知れないけれど、そうではないことが判ると思うんです。成長プランの目安ですけど、アニメーターになって2年で原画になる。そこから1、2年で物量のピークが来てしまう。更にそこから1年で、その物量を維持しつつ高い水準の・・・テレビシリーズの代表作になるくらいまで高める。

井上:このへんのデータはそう云う意味では古すぎるかもしれないね。

堀川:でも、小池健さんとか中村豊さんとか

井上:はいはい。小池君は(資料を見て)あー、25でもう「獣兵衛忍風帖」なんだ。

堀川:みんな25くらいでピョ―ンと跳んでて・・・

井上:そうだねぇ。

6年か・・・ -20代で物量の限界は決まる!?-(2)

堀川:更に!みんなアニメーターになって6、7年目にはクオリティーの高い劇場作品に参加している。井上さんが「アキラ」に参加されたのは26歳ですよね。

井上:6で「アキラ」だね。

堀川:そこで自分の方向性が見えてくる。個性がね。

井上:そうね。技術的にはなんとなく落ち着いてきたら、方向性みたいなのが気になる。ま、その順序は判んないけどね。

堀川:庵野(秀明)さんも「オネアミスの翼」は26歳くらいだったと思うんですよ。それがアニメーターのピークだったって何かのインタビューで言ってなかったかな。つまり、これくらいのタイムスケジュールを目標に跳ばなきゃ駄目なんだと。そこでどれだけ跳べたかで次の展開が見えてくるのかな、と。

井上:70年生まれくらいの巧いアニメーターはどういう育ち方をしているのか・・・西尾(鉄也)君は何年生まれなの?

堀川:68年、小池さんと一緒です。西尾さんも資料を見ると25、6で「幽☆遊☆白書」「NINKU」「THE八犬伝」じゃなかったかな。

井上:もうバリバリだねーそこは。

堀川:あ、(西尾さんも)やっぱり2年で原画始めてる。目指すんならこれくらいの成長プランを立てるんだと云うことですね。

井上:あんまり厳密な目標を立てると苦しくなるんじゃないかな。俺なんか目標立ててたわけじゃないからね。そうなってただけで。

堀川:・・・(また聞く人を間違えたみたい)

井上:こう、自分でいついつまでに何かやらなきゃって縛っちゃうと、本当にそれがストレスになるから、だから今の子は苦しいんじゃないかと思って。もっと楽に構えていいんじゃないかなぁ。

堀川:楽に構えてたら、先回井上さんが言われた「後ろにズレてる」が更にズレる。

井上:はっはっは。

堀川:じゃあ、みんな30になってからバリバリ物量を増やし続けていけるかって言ったら、そうはならない。

井上:そうだねぇ。20代でこなせる物量の限界みたいなものは大体決まっちゃってるよね。

堀川:そう、20代半ばで物量のピークには達して、さらに1,2年で技術的にも落ち着いてくるようなところがあるんです。大塚康生さんはアニメーターになったのは遅くて26歳なんですけど、バリバリ動かした代表作の「わんぱく王子の大蛇退治」までに6年。(劇場公開年)

井上:6年か・・・

堀川:アニメーターになって6年でそこを目指す成長プランが必要でしょう?

井上:うーん、ますます苦しくなっちゃうような気はするけどね。

今、何がゆるいんですか? -物量増加計画-(1)

堀川:会社としては、とにかく若い原画マンはテレビシリーズで経験をいっぱい積ませて、充分稼げるようにしてやるって大事なことじゃないですか? じゃあ、26で・・・

井上:今、30じゃないですかねぇ

堀川:6を目指してズレるものです!(笑)

井上:あぁハイハイ。(笑)

堀川:原画マンになって1、2年で目標を数の上では達成する。

井上:まぁ、言う分にはいいか。俺も当時1ヶ月で半パート描きなさいって言われ続けてたからね。描けなくて悶々としていたところに。

堀川:割り振るカットが10カットだから悶々としちゃうと思うんです。まず、ひたすら手を動かさなきゃいけない状況を作る。そんなに悩んだって、まだ技術的な経験も知識も無いうちは描けないですから。50カットくらい持っていたら、とりあえずそんなに悩んでいる時間は無いですから。

井上:渡す数が少ないんじゃないの? 最初の試運転が終わったら次は30、40、どんどん渡していかないと。2回目も10じゃやっぱり・・・

堀川:チェックする川面がシンドイって。レイアウト、ほとんど直しているから。

井上:ああ・・・ううむ・・・、そうなんだよね、今。昔は酷いのが流通していたからチェックするのがシンドイなんてことはなくて、新人に90カット渡すなんてのがあったけどね、今はそっか、それが厳しくなってるんだよね。

堀川:単価がいい作品だと、そんなにみっともない原画を提出もできないですしね。

井上:今は新人が生き辛い時代だね。新人が90持たせてもらえない・・・90カットやれば新人でも慌ててやるから(笑)かなりスピードもつくよ。そっか。そこを俺がやらないのに、数を持たせればいいじゃん、なんて言うとチェックする側からすれば「冗談じゃない!」って言われるかもしれないね。そのためにはね、「ゆるい作品」ですよ(笑)。こんなに作品があればあると思うんだよね。今、何がゆるいんですか(笑)?

堀川:ゆるい作品じゃなくて、スケジュールの全然無い作品。とにかく形にしてくれって云う作品なら(笑)。演出と作監の前をすごいスピードで通過していくような

井上:えーっ、そこに新人を投入するのはちょっと厳しそうな気もするな。

堀川:スケジュールがあって、ゆるい作品なんて無いですよ。

井上:本当? そんなことは無いと思うな(笑)。今でもあるんじゃないの? 「○ダ○ット」なんてゆるかったんだけどね(笑)。あれは下手でもそんなに作品のダメージにはならないじゃん(笑)。

堀川:(ガ~ン!!)あの・・・それには・・・演出力がないと。作画のクオリティーで作品の出来が左右されるものじゃないくらいの演出力が・・・
井上:ああ。

堀川:ある作品で、このレイアウトを演出が通すのか!と云うのを見て、何が悪いのかを指摘してくれる人がいないと云うのは不幸な・・・

井上:いや、いいんじゃないか(笑)。それは新人用にいいと思うよ。そこで素振りをするって云うのはね。一見ぬるま湯に見えるけれど、とてもいい(笑)

堀川:いーーーーーーえ! ぬるま湯につかってから上を目指す方向には行かないんじゃないですか?

井上:そうかなぁ。

堀川:そこで楽をすると、ちょっと大変なモノを依頼しても手を出してくれないんですよね。

井上:いやいや、O.Kラインをそこに設定しておくと、いい人はかってに上に行くから。何か芽のある人はその中で、アニメーションをやる上での何かを掴んでね、徐々にハードルを上げていけばいいんじゃないかなぁ。ハードルが低いまま行ってしまうことは無いんじゃないかなぁ。最初のハードルは低い方がね、楽々跳べる人は跳べばいいし、と、思うんだけどな。最初はそんなに低くていいの!? って云うくらい低いところで。

堀川:ハハハハ・・・

井上:それで、昔はチェックがゆるかったからマズイ原画はそのまま画面になるんだ。失敗すれば大恥かくし、上手くいけば誇らしい。それを今の子は経験できない。自分の大失敗を画面で見られない。アターッっていうのを(笑)。

堀川:いかに自分の原画を作監や演出に手を入れられずに画面にするかに知恵を絞ったと云う話がありましたね。

井上:はいはい。確かに昔の演出は今よりも不要意にいじるところがあったから。もう、いらない原画はどんどん抜いちゃう、みたいなね。そうさせない創意工夫(笑)、みたいなのはやってたし、自分の描いたものをダイレクトに見るんだって云うのは、大事なモチベーションになっているから。演出の目はかいくぐって画面では目立ちたいなって云うのが。

*ゆるい作品:レベルが低いと云う意味ではありません。作画で表現しなければならないことがカッチリ決められてはおらず、作画表現にけっこう幅がある作品と云うことなんだそうです。一言で言えば遊べる作品ってことですね。

ちょっと度外視して -物量増加計画-(2)

2005.05.15城端曳山祭り

堀川:この資料を見ると、原画を始めて5年くらいで一人前の物量をやっとこなせた、と云うだけじゃなく、質の高い原画を上げているじゃないですか。その数は今なら月に60~70カット、20~30万円稼ぎたいと思えばね。

井上:今単価はどれくらいなの?

堀川:4000円前後くらいですかね。普通のテレビシリーズで。この6、70カットを目指すのにね、P.A.WORKSの初原画が10カットの子たちに、どんなプランで割り振りカット数を増やしていこうかなと。先ほどのデータを参考に、1年後には50カット、次の1年で6、70カット。それから、その数を落とさずクオリティーを上げていくことを目指そうかと思うんですが。

井上:最初はね、クオリティーを上げながら数字を伸ばすのって大変なんだよね。俺も最初はザッと数字を伸ばして、何かゆとりが出てくると1、2カットちょっとこだわって。自分のやりたいことを盛り込んで遊べるとか、そう云うカットが担当カットの中に1つ2つはあるじゃない? それさえ大事にやったらあとはザッと流して描くみたいな描き方でね、難しいことはその1、2カットで試してみる、と云うようなことをやってちょっとずつ覚えていったから。最初は数。余裕が出てきたら技術的に難しいことにチャレンジしてみる。そうやって技術的にもちょっとずつ伸びていくって方法でいいんじゃないかな。まずは強引にでも数やらせてみて、いや、その、チェックする側の負担は、ここはちょっと度外視して(笑)。

堀川:うーん、川面とその方針で・・・負担を度外視する話をするか(笑)。

井上:まず小さいレイアウトで見せて、それを川面君が直してるわけ?

堀川:ええ。

井上:ああ。その直したモノを受けて清書するのってけっこうかかるからね。自分の考えが(レイアウトに)なくなっているから。言われたことを直しながらやらなきゃいけないって云うとやっぱり清書とはいえ

堀川:拡大してディテールの描き込みに時間がかかってるんじゃないかなぁ。

井上:そんなに描かなくったっていいんだって、だから。その辺はいい手本を見せて上げられるといいんだけどね、テレビシリーズのレイアウトの。

堀川:あそこ(P.A.WORKS本社)にあるのは、大将(吉原正行)のレイアウト集と、井上さんのとか・・・

井上:ハハハハ、それは特殊なんだって。今テレビで流通していて、充分テレビの質をクリアしていて、巧いっていう人の手本を見ないと駄目だね。今はいいって云うと、「イノセンス」のレイアウト集みたいに、「こんなに描いてんのか!」みたいなね(笑)。絨毯の模様描かなきゃいけないのか!って(笑)。

堀川:ガイナックスはいろいろ原画集が出ています。あそこは最近そんなにレイアウトは描き込まない方ですよね?

井上:そうだね。いや、そうかな・・・描き込む人は相当描き込むけど・・・。

堀川:そう云うモノは会社に置いてあるんだからどんどん見ればいい。あんまり見てないんじゃないかなぁ。「アニメーターズ サバイバルキット」なんて。

井上:ハハハ。それはふっと気になった時に読めばいい。

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