P.A.Press
2005.3.1

第2回 井上俊之 業界トップアニメーターに聞く-アニメーターの養成について-

日本は常に迷っている

堀川:東映長編時代には自分の描こうと思った動きを表現できていない、満足していなかったと云うことですか? 

井上:出来ていないと思うよ。小田部(羊一)さんとて満足はしていないと思うよ。

堀川:単に動きの硬い軟らかいじゃなくて?

井上:うん。日本ではかなり巧い人でもコントロールしきれていない所があると思うんだよね。それは、ディズニーではこう云う動きを描けばいいんだって云う美意識がハッキリしていて、それ以外はあんまり狙っていないようなところがあるし、想像だけでは再現できないような複雑な人間の動きはライブアクションで撮ってしまうようなところがあるから。日本人にとってそれはイヤなんだよね。ライブアクションで撮っていいよと言われても、できるだけやっぱり想像で、自分の頭の中で組み立ててそれに近づきたい。

堀川:それが得意だから、日本のアニメートの特殊な、得に視覚的快感のある動きを形にできたのだから、それはいいところでもあるんですよね?

井上:形に出来てはいないよね。

堀川:金田(伊功)さんの動きの快感って、頭の中で創造した動きじゃないですか?

井上:うーん、どこを探したって無いものだね。そう云うことが許されたことが、日本のアニメーションの特殊性、幅広さと云うか、1つの美意識に固まらずに発達したせいでものすごく多様化している。作画の美意識、理想の形式みたいなものが本当に多種多様って云うかさ、庵野(秀明)さんみたいなのがいいと思う人もいれば、磯(光雄)君みたいなモノもいい、沖浦(啓之)君みたいなのがいい・・・こう、未だに目標が定まっていないって云うかさ。ディズニーは黄金期のアニメートをずーっと理想としているところがあるんじゃないかなぁ。ブレてないって云うか・・・

堀川:ディズニーとフライシャーは全然違うんですか?

井上:フライシャーは、これがフライシャーのアニメートだっていうところに行き着かないまま、技術的にはハッキリ言って完成しないまま終わってしまったから。もうちょっとやっていればフライシャー流って云うモノが出来たかもしれないけど。まぁ、スーパーマンの何本かはフライシャー流って言えば・・・ディズニーとは全然違うよね。どちらかというと、そのズルズルとしたライブアクション的な動き、それをそのまま追求したかどうかはわからないけど。
 ディズニーには確固たる理想があって―黄金期に開発された優雅で流麗な動き―みんなあれが究極の理想だって、そこを目指してずっと良くしているようなところはあるね。みんなが共有できる理想が彼らのアニメーションにはあるんだよね。そこに当てはまらない人は出て行くんだと思うんだけど・・・ティムバートンとかね。だから技術的な迷いが無いって言うかさ。日本の場合は常に迷っているね。だからどんないい人が出てきても、俺の中では磯君が最高だな、と思っても、(スタイルが)違うね、小池(健)君のやつを見ると、小池君いいな、こう云う風に描けたらいいなってフラフラっとね(笑)、なってしまう。

完成しない原因

攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX
#04‘視覚素子は笑う’ より

井上:むしろおかしなことなんだけどね、全員が同じ理想を共有できるなんてことの方が。日本国内だと、アニメスタジオの中でもやっぱりいろんな(作画の)流派があるでしょう? ディズニーもトップが替われば作画スタイルが変わりそうなもんだけど・・・まぁ、ディズニーのここ数作品を見れば変わってはいるけれど、美意識と云うか、デザインのセンスも変わってはいるけれど、基本的に動かす技術に関して言えばブレていない。ディズニーも技術的には高いけれど、やっぱり一種の記号的な動きだから、新しい表現のようなものは殆ど出てきていないし、昔の技術を踏襲しているだけだね。そう云うものに不満を持つ人がいたら、トップが替わればガラッと変わりそうなもんだけど、ディズニーにはあまりそう云うものはないね。

堀川:「アナスタシア」の監督の

井上:うん、ドン・ブルース。

堀川:あの人はディズニー流ってのはこうじゃないんだ!って飛び出したんじゃないんですか?

井上:だって、それだってディズニーの黄金期のアニメートを復活させたいんだもんね。

堀川:それは、当時ディズニーが黄金期のアニメートから別の方向に行こうとしていたと云うことじゃないんですか?

井上:いや、別の方向じゃなくて技術的にすごく低迷しだしたころだったから。あと、すごく表現も保守的になってきていたのね。ドン・ブルースがディズニーを辞めた直後に作った「ニモの秘密」を見ると、表現的にはディズニーではできないような生々しい残虐な描写とか、単純ではない苦悩する悪役なんかが出てくる。保守的になりすぎていたディズニーに反発して出たけれど、技術的には黄金期のアニメートをそのまま踏襲している。
 この資料にもあるけど、振り向きの(振り向く動作を)原画(にするとき)は、こう描けばいいんだ、振り向くときに一旦軌道を下にとった方が綺麗ですよ、そう描くべきだって言われると、ディズニーではそれが美しいと思って実践するけれど、俺はどうしても『そうかな?』と思っちゃうよね。言い訳に近くなるけど、もっと多様なんじゃないかって云うふうに、日本人は考えすぎて結局どれもまとまっていないみたいなところがある。ディズニーでも今はアニメーターが記号的に解釈しているけれど、黄金期にはそう云う考えでは描いていなかったと思うんだよね。描いたモノが結果的に美しく見えた為に、振り向きはそうするべきなんだってパターン化されていった。日本よりも複雑だけれどもパターン化している。手もね、こう描くよりはこう描いたほうがいいんだって云う美意識がはっきりあるけれども、そうとは限らないんじゃないのって俺なんかは考えちゃうよね。

堀川:これは‘イリュージョン オブ ライフ’ですか? 手に入らないんですよね・・・読み物としても面白いですか?

井上:面白かったよ。同業者が読めば面白いね。
(資料を見ながら)こう云う発想って日本人にはないんだよね。複雑なものを単純化して構造を探ってみるって云う姿勢って日本のアニメーターには少ないよね。どうしてもアウトラインだけを追っちゃうけど・・・尤もそれは大事なことではあるんだけど。

堀川:うつのみや(さとる)さんはこれに近いですよね?

井上:近い近い近い。だからめずらしいの。構造を探ってみようとかさ、シンプルに考えてみようって云う考えは。手もね、この面とこの面の角度が違うんだって云うことに気づいているって云うことは大事なことなんだ。ディズニーではシルエットで何をしているのかわかるのがいいんだって言うけど・・・

堀川:それは日本でも言われますよね?

井上:けど、俺はそうじゃないんじゃないかなって思っちゃうんだよね。それに囚われてどうしても判りやすいシルエットになりすぎるから、本当はもっと複雑じゃないかって云うのがどこかにあって、どっちにも絞りきれないって云うかさ、どうしてもこれがいいんだって云う信念が持てないでいるのが、依然完成しない原因の1つだと思うけどね。それだけでも無いとは思うけど。

俺達はそこに喜びを見出したんだ

堀川:日本の技術は元を辿れば間違いなく東映長編のころの技術から派生していったものですよね? あ、竜の子は違うかもしれないなぁ。

井上:竜の子は全然違うね。劇画から来ている。

堀川:日本のアニメーターが求めてきた作画スタイルの変遷は、時代を追って組み立てられるものですか?

井上:られるんじゃない、大雑把にならね。どの分野でもそうだけど、草創期は「わーい、絵が動いてる、すごーい、やったやったー(笑)」から始まって、さっき技術的には完成されていないって言ったけど、一定のね、物語を展開できるまでのアニメートの力は既に東映動画の初期「白蛇伝」のころに完成されているね。絵をコントロールするその根本的な技術は、ずっと達成できずに来てたと思うんだよね。

堀川:達成できないままいろんな要素を取り入れていった?

井上:そう、どれもこれも完成しないまま、どんどん更に細分化していっているところがあるから・・・(1963年)テレビシリーズの放映が始まって、あまりアニメートの技術を磨かないでカット割りである程度物語を構成できるようになってきてからは、更に動きをコントロールする技術を長い間追求しないまま、70年代、80年代、90年代半ばくらいまでずっと演出の技術で支えているようなところもあって、より作画技術の鍛錬って云うのは疎かになっていたんだろうね。

堀川:「日本のアニメ全史」にも鉄腕アトムの徹底した枚数削減が、複雑なストーリーを重視した日本特有のアニメーション作品を生んだし、さらにカメラワークやカット割りで見せる演出技法が発達したって云うようなことが書かれていました。

井上:あと、海外作品では絶対にとらないような複雑な構図、真俯瞰とかすごいアオリ(カメラが被写体を仰ぐ)とか、あと、カメラの画角を意識したようなレイアウトをとるのが日本のアニメーションの1つの特色だよね。ディズニーでは絶対やらないような、正面から捉えればいいようなものも、敢て描く必要の無いような描きにくいアングルで取る。日本ではどうしてもその複雑なアングルに囚われてしまって・・・ただえさえ技術的に低いのに、動かすには適さない複雑なアングルを取ったために動かすことに専念できなかったり、それをなるべくカット内では動かさずに構図の奇抜さで持たせるようなことを長い間やってきた。そう云う中でも友永(和秀)さんとか、なかむらたかしさんみたいに、アニメーション本来のね、絵を動かす醍醐味を実践する人が出てきたりしたのが70年代後半~80年代。俺達はそこに喜びを見出したんだよ。他がほとんど動きを追求しない中にあって、アニメーション本来のね、楽しさみたいなものを実践する人達が出てきたころだね、80年代って。

エポックな出来事

堀川:東映動画から脈々と続く日本のアニメートの流れがあって、日アニ(日本アニメーション)、それと・・・

井上:あと、テレコム(アニメーションフィルム)とかね

堀川:Aプロ系は東映に近いんですよね?

井上:直系に近いね。芝山(努)さん達・・・東映系にはない、なんだろう、もうちょっとイラスト的な要素、1枚絵としての魅力があるような。

堀川:それは杉野(昭夫)さんとか、虫プロ系じゃないんですか? 1枚絵で見せる・・・

井上:うーん、虫プロ系は絵の魅力とハッタリの構図で魅せる、Aプロはそこにもう少ししっかりした空間を作って、しっかり動かしつつ、技術的には大塚(康生)さん達には無かった洒落たパンチがある、芝山さんとか、イラスト描いても巧い青木悠三さんとかね、でもリアルかって云うとリアルではないよね。リアルな空間は描いているけれど。80年代になってから題材が増えていって、それこそ漫画絵と云うか、「アキラ」を描くには漫画絵の技術だけでは追いつかなくなって、アキラは描けないのに一生懸命リアルに描こうとして・・・

堀川:題材が増えたのはOVAの影響ですよね?

井上:そうだよね。ハードなSFやるのに漫画絵じゃ始まらないし、やっぱりもっとリアルに・・・リアルな絵で描き出したのはいいけれど、リアルな芝居になっていなくて絵と内容がチグハグだった。それを埋めていったのが磯(光雄)君達。こんなリアルな絵でやるんだったらリアルな芝居をってね。本当に長いこと、俺等が始めたころは、実際に人間の仕草を観察して描くって云うことは思いもよらなかったけどね。まぁ、草創期のように真似するパターンも無い時代だと自分で観察したりもしたんだろうけど、俺等の頃までには一通りのパターンが出来上がっていたから、新たに実際のシチュエーションを観察しないでもパターン化されたものでいいんだと思っていたのね。人物を日々見てはいるけれど、描くための観察はしていなかった。原点に戻ったと云うかね、人物を表現しようと云うのに人物の仕草を勉強したことがなかったことにやっと気がついた。それがやっぱり90年代の後半なんじゃないかなぁ。
だから今の子たちがね、60年代、70年代はほぼいっしょだとして、80年代に起こったこと、90年代に新たに起こったこと、それが今、同時に見れちゃうから、何かを発見していくのは難しいかもね。昔はそう云うものが判りやすかったんだよね。エポックな出来事が見つけやすかったんだ。手をリアルに描く人がいないところに突然手をリアルに描く人が出てきたらすごくわかる。一発で判ったけど、今は今までの細分化されたありとあらゆるタイプの作画が混在しているから、その中で異彩を放つ人を探すのがまず難しいよね。俺達のように長年やっている玄人が見れば、「ああ云うことを始めたな」とか、「昔やったことが復活したんだな」と云うことがわかるけど、今の子たちが同じ動きを見て同じような発見ができるかと云うと、それは難しいかもしれないね。

13+10×5=?辞めなければ

堀川:今年4月でアニメーターが13人になります。これから年間10名くらいずつ採用して、5年後に50人規模になるように

井上:辞めなければね(笑)

堀川:いやいや、それも入れて。やっぱり才能の仕事ですから全員が続けることは難しいでしょうね。それくらいの規模になればね、今よりも現場にいろんな意味で活気が出てくるんでしょうけど、今は少ないので、とにかく全員、何が何でも伸ばしてやろうと、良くも悪くもかまい過ぎかもしれない。

井上:そうだね。人がそれだけ増えてくれば勝手に競争して・・・

堀川:テレビシリーズで作画チームが社内で何班も組めるようになれば、お互いに刺激してやろうとライバル意識を持って、切磋琢磨して伸びると思うんです。そこに至るまではどうしても個人個人との関わりが強くなる。・・・もどかしさがね。

井上:それが伝わってプレッシャーかもしれないよ(笑)。手を差し伸べ過ぎなんじゃないかなぁ。ドーンと構えていた方が・・・危機感を持つのはいいけど、あまりに・・・

堀川:もっとプレッシャーかけよっと(笑)。スポーンと一人抜きん出てこないかな、と。ライバル視されるような子がね。仲良く横並びで安心しているんじゃなくて。今は先ほどの話、徒弟制度的なものではなくて、どうすれば寄り道しないで技術も自己管理能力もつけて、数年で一人前の職人アニメーターになれるか。養成の経験を積みたいんです。

井上:その気持ちはわかる。

堀川:向こうのアニメーターは60を過ぎても現役でバリバリ描いていたりするじゃないですか。「アニメーターズ サバイバルキット」を読むと、ケン・ハリスやグリム・ナトウィックなんて80過ぎても描いている。アニメーターの現役寿命が非常に長いんですね。作風が単純なキャラだから出来ることなのかもしれないけど。

井上:でもリチャード・ウィリアムズは絵柄が複雑なイラスト的なアニメーションもいっぱい手がけているから、それは絵柄が楽だとか云うことだけじゃないと思うんだよね。あの本を読むと、早く描くための技術にも相当こだわっているよね。どう云う描き方が要領がいいのかって手順がこと細かに書いてある。やっていることは多少違うけど、基本的には同じことだから。

堀川:50歳を過ぎても第一線で、鉛筆1本で食べていけるような職人には育ててあげたい。それは、本当に若いころ、仕事を始めて6、7年くらいのしっかりした技術と自己管理の訓練だと思う。

井上:ある程度は習慣だよね。

堀川:フリーでやる場合はよっぽど自分に厳しくないと、あっと云う間に楽な方に崩れてしまいますからね。

井上:そうだね。

それだけではマズイ

堀川:昔はスクリーンに映った汽車が駅に入ってきただけで喜んでくれた観客が

井上:うん、逃げたっていうからね(笑)、ドカーンと当たると思って

堀川:いつまでもそれだけじゃ満足できなくて、作る側も月にロケット刺したりドラマ仕立てにしたり、さらにモンタージュで盛り上げたりしてどんどん観客を刺激して行ったように、アニメーションも初めは恐竜が動いただけで大喜びだった観客が新しい刺激を求めてきたでしょう? アニメートだけじゃ満足いかなくなる。もっとドラマ的な要素を、もっとテーマ性を、新しい映像表現をって、もう、そう云う流れが当たり前なら、この先アニメートはどちらの方向へ行くのか? 動きだけじゃ観客が満足なくなっているのなら。

井上:アニメーションは動きの追求だけではないけれど、でも、今までと同じくらい動きの追求は常に・・・それはアニメーションをやる上でベーシックなことだから。初期のTVアニメみたいに、本当に枚数を使わないって云う時代がまた来ればね、まぁ、今でも一部はそうだと思うけど、映画(劇場作品用アニメーション)になれば、やっぱりある程度の動きを描き分ける能力が必要になってくるから。アニメーションをやる以上は絶対に必要な力だから、それがどこかで必要なくなるなんてことは絶対に無いと思うんだよね。

堀川:日本のアニメートの技術もかなりのレベルにまで到達して

井上:うん、技術的には完成しないままずっと来ているけど、それでも相当なものを描ける人が出てきているし、動きのコントロールと云う点でも、沖浦(啓之)君みたいにね、コントロールできる人が出てきているから

堀川:観客がアニメートに求めるもののレベルもそれにつれて上がって来て・・・観客って刺激に対して貪欲だから、もっと新しい、もっと上のアニメートを見せて欲しい・・・上のモノと云うよりも違うアニメーションの表現を

井上:いや、違うモノを見たいとは思っていないんじゃない? 意外に観客って保守的なところがあるから、あまり違う表現は受け入れないところはあるよね。物語を表現するに足りてさえいれば観客は、絵を動かすことに関しては貪欲じゃないと思うし、そんなに(アニメートに対しての)審美眼も無いと思うしね。
 でも、アニメーターにとってはね、それだけではマズイって云うかさ、ストーリーを表現するのに過不足ないことができればいいんだって思った段階で、あとは本当に、また退行していくだけだから。

堀川:それはある意味アニメーターが監督に闘いを挑むってことですよね。監督は意図を表現できるだけのアニメートさえあれば、余分な要素はいらないと

井上:思っている人は多いと思うけど、ようするに監督のやりたいことの邪魔にさえならなければ、より高度なことを日々鍛錬するのは全然問題にならないと云うか・・・アニメートに対する監督の審美眼にしてみても、高畑(勲)さんくらね、絵は描かないけれども的確に判断できる人がいっぱいいればいいけど、そうじゃないことの方が多いから。わりと自分で鍛錬していくしかないってことはあるよね。だれか立派な監督についていれば、アニメーターとしても上達できるってことでもないよね。場合によっては担当するアニメーターがその監督の足りない部分を補っていくくらいの、それくらいの気概はないとね。

堀川:うーん、僕には焦りばかりが・・・(笑)

井上:そうだよね。焦りすぎてるって云うかさ、何か形にしたいと思いすぎてるような気がするよ(笑)。

会社に行けば同じ志の人が

堀川:会社の5年間の事業計画書を県に申請したんです。積算根拠を決めて細かい数値をシミュレーションするんです。数値のシミュレーションは制作で慣れてますからあれなんすが、出てきた結果に焦った(笑)。のんびり構えてたらちっとも成長しない、アニメーターといっしょだって。‘いやいや、こんなんでいいわけがない’って成長プランから逆算していったらもっと焦った(笑)。制作の作品スケジュールのシミュレーションとやってることは変わらない。逆算で今やらなきゃいけない山積みの課題が

井上:そりゃあビジョンはあった方がいい。けど、その・・・それを持つと堀川さんが大変だと思うんだよね。なかなか思うようにいかないと思うよ(笑)

堀川:うーん、でも、地方のこの環境なら養成に真正面から取り組めるかな、と思ったんです。うちのような小さな会社でも、そこに先行投資して寮を建ててでも挑戦してみようかと。もし東京で作画の現場を作ろうと思ったら、僕は同じ方法論は取らないですよ。アニメーターの流動性が高すぎるから。クオリティーの高い作品を作ろうと思ったら、今は優秀なアニメーターの確保が本当に深刻な問題なんです。それは「攻殻(機動隊)」で痛感しました。充分な人数の優秀なアニメーターと契約するには資金的余力がないと・・・単発の尺が短いものならともかく、テレビシリーズのように安定したクオリティーで量産を目指すなら、作品1本単位の制作費で作っているうちは無理ですね。富山でまずは50人規模のアニメーターを養成して、ワクワクする作品作りを追求する現場環境を提供しようと。彼らが自分たちの作品をここから発信するんだって云うのが、それが彼らの大きなモチベーションになって、チーム制も含めてどんどん彼らが取り組んでいけばいい。そんな現場環境がいつかは出来ればいいな、と思っていたんですが、夏休みの宿題には期限があった(笑)。計画目標を見直したら、もうお盆過ぎてた。アニメーターと同じように、制作会社の成長にもある程度のパターンがあるんです。P.A.WORKSの会社の状況設定は6年だ、7年目には元請になって自分たちで作品を発信したいな、と漠然と思っていたらもう5年目になっちゃった。

井上:5年目?

堀川:はい。5年目でアニメーター13人。少ないです。あと2年で先回井上さんが言われたアニメーター20~30人の規模が必要だと

井上:それはそうだと思うんだよね。

堀川:そこまではちょっと会社に負荷はかかるけど、アニメーターの養成をプライオリティーの上位に上げてね。

井上:うーん、数がいるのは大事だよねぇ、やっぱり。ただえさえ寂しい(田舎の)環境だから(笑)。会社にいけば同じ志の人がいっぱいいて、こう、競い合ってね、抜きん出る奴が出てくれば周りは気になるしね、何が違うんだろうって考える。

堀川:今は「攻殻(機動隊)」や「鋼(の錬金術師)」と云ったヒット作をやったおかげで地元でも何をやっている会社かわかってもらえたし、行政も興味をもってバックアップしてくれるし、チャンスだと。

井上:うん。

堀川:新人原画マンに自分の原画のコピーを取らせているんですよ。自分の課題取り組みと成長の記録のために。今度また機会があったら見て下さいね。

井上:うん、見るよ。興味はあるなぁ。おっ、下手っぴーって(笑)

堀川:・・・ははっ・・・ははっ・・・。
今日はお忙しいところ長時間どうもありがとうございました。

新人アニメーターは、まだ個々の技術的な問題意識を明確に持っているわけではありません。これから『自分の課題は何だろう』と、真っ白い紙を前に何年も悶え苦しんで、やっと個人の技術課題が明確になってくる。井上俊之さんほどの高い技術を持ったアニメーターの経験に裏打ちされた助言は、その段階まで辿り着いて初めて幾何学問題を解く補助線のごとく効果を発揮するのでしょうね。現段階での彼等にとっては、井上さんの助言も‘色紙にサイン’くらいの認識なのかもしれません。まずは、助言が助言たりえるところまで自分でもがき苦しんで成長するところからです。
 今回のインタビューで考えたことを元に、今年の新年度説明会でP.A.WORKSのアニメーター養成方針と養成のカリキュラム化への取り組みについて説明をしました。とにかく始めること。刺激のあるOn the Job Trainingの継続、取り組み課題と成果の蓄積。個人差のある職業なので、一人一人の価値観と年間目標から月間、週間、その日の目標、日報まで、職人としてしっかり自己管理ができるよう、技術向上に興味を持って自己改革していけるよう、指導者も含めて彼等の自己啓発意欲を刺激するような環境にするための取り組みを始めました。経営理念、会社のビジョン、ここから世界に向けて作品を発信する。まずは6年間、想像できないほど大変だと思うけど、信じて続けて欲しいと、僕も説明会で大きなことを言ってしまったわけです。神山さんのインタビューをもとに、自分も背負うよう公言てみたんですね。僕らはプロパーの作画チームをいっぱい作って、作品の出来を競い合うんだって。それがポテンシャルの高い現場をつくる第一歩なんだって。そのうち井上さんがビックリするような作画チームになりますよ、はっはっは。


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