P.A.Press
2005.3.1

第2回 井上俊之 業界トップアニメーターに聞く-アニメーターの養成について-

そんなものはカンで描け -物量増加計画-(3)

井上:(持ってきてくれた資料を取り出して)これはね、「赤毛のアン」のレイアウトが載っているんだけど、桜井美知代さん、ベテランの女性だけど一流ですよ。宮崎(駿)さんから交替した時に初めて担当した話数。1人で1本レイアウトを描いている。この方が新鮮だよね。いまはすごくきっちりレイアウトを描くけれど、これくらい何か・・・

堀川:これくらいの描き込みで今でも充分じゃないですか?

井上:1人で1本1週間かからずに描くんだもん。1本分よ!! (資料を見ながら)このあたりはたぶん美術が手を加えていると思うんだけどね、風景なんかは。このあたり桜井さんの直筆だと思うけれど。これはたぶん、木は美監が手を入れているね。原版(レイアウトの原紙)を見たことがあるけど、原図(レイアウト)の上から線で美監が整理しているものもあるので。テレビシリーズのレイアウトってこれくらいで・・・ほら、全部フリーハンドみたいでしょ?

堀川:フリーハンドですけど味がありますよね。

井上:そうそうそう。あとは美術(監督)が(原図の線を)整理すればいいんだからね。

堀川:パースは合っているのかな?

井上:厳密に取ればこれ、きっとパース取ってないから。感覚でこれくらい描けるようになれば、どんどん量産できると思うよね。消失点が気になるうちは、どこに消失点を持ってくればいいだろうかって、(レイアウト用紙に)紙を足して貼っているようではね。そんなものはカンで描けるくらいの画力がないとテレビシリーズで数は描けないよ。

堀川:・・・(結局才能なんだ)

井上:これは全部カンで描いているよね。いちいち理屈を探らないで。でも、カンで描けない時は理屈に頼るしかないからね。どちらか。画力とセンスだけで描くか、知識と理屈で描くか。基本的なことはどんなパースの本にでも最初の1、2ページに書いてあるから。あとはいらないよね。正確に描くだけのパースの知識と云うのなら。(P.A.WORKSの原画マンたちが)これを見たら新鮮かもしれないね。川面君とか、見たければ。

堀川:みんなにただの収集家にはなるなって言っているんですよ。

井上:そう。キリがないからね。見たいかな?

堀川:そう思います。この描き込みで1週間で1本(レイアウトを)切るんだって話をしようかな(笑)。

井上:だから、そんなこと今でもできる人って・・・

堀川:えっ、井上さんはやろうと思えば

井上:いやいやいやいや、出来ないよ(笑)。

堀川:今のような緻密な描き方じゃなくても?

井上:いや、緻密さの問題じゃないね。そのスピードってね。いくらラフでいいからと言ってもそんなに描けないよね。

堀川:井上さんが出来ないって言っちゃったら・・・・それじゃあ困る。

井上:出来た人がいないんだもん。1週で1本って言ったら、1日で4、50カットだよ!そんなことできたのって、宮崎駿さんと芝山努さんと桜井美知代さんくらいだから。
 テレビシリーズで、いや、その目標の話なんだけど、月60カットって最近俺、テレビシリーズでやったことないからね。あんなことを言いながら(笑)

堀川:そもそもテレビシリーズをやってないじゃないですか。

井上:そうなんだよね。「妄想代理人」の数字はあんまりあてにならないんだよね。ちょっと特殊で。

正直に言えないこと -晩飯までの訓練-

堀川:自己管理能力のうちで、自分の成長プランともう1つは時間の管理、タイムマネジメントの訓練の話です。井上さんは原画にかかる所要時間をかなり正確に読むじゃないですか。まだね、自分の担当する動画の終了時間が正確に読めないようなんですよ。ずっと指導はしているようなんですけど。

井上:リアルに読むと、とても申し上げられる数字ではないって言うときもあるけどね(笑)。これ、とてもじゃないけど正直に言えないって。

堀川:富山だと宅配便で送る時間があるので、集配数時間前の途中集計では正確に終了時間が読めないと大変なんです。先日も読みがズレにズレて、結局集配に間に合わないので高速を飛ばしに飛ばしてギリギリ中央の集配センターに持ち込んだんですが、動画を送るのにしょっちゅう命を懸けたくないよと思った(笑)。

井上:それは問題だね。何年かやれば動画だって原画だってある程度(所要時間は)読めるよね。正直に言えないことはあるけど(笑)。あぁ、でも俺等の世代でも多かったかな。読める人の方が少ないっちゃぁ少ない。

堀川:それは本当に訓練だと思うんですよ。

井上:そうだね、察しはつくようになるはずなんだけどね。「MEMORIES」の時に作監の俺の手元にチェックする原画がなくなってね、何人かの上がらない原画マンに俺が「いつ上がるの?」って訊いたら、「判らないです」って言うんだよね。「判らないの? じゃあ待ってられないから俺が描くから」って(笑)、描いたことがあったけど・・・だって、その人は腕は立つ人なんだよ。それでも読めなかったんだよ。

堀川:はっはっは。制作に対して答えたくないのは、言質を取られたくないんでしょうけどね。それで、作画のタイムマネジメントの訓練のために、作画部に個人日報表を作ったんです。まず、週の終わりに来週の週間目標を立てる。原画ならカット数、動画なら枚数。これはスケジュールから逆算するんです。ひと月500枚の動画枚数を越えようと思えば、週に130枚くらいを目標にしなくちゃいけない。週間目標を立てたら、それを達成するために、明日何カット、あるいは何枚やらなきゃいけないかは割り算ですから。怖くて割り算したがらない子はいますけどね(笑)。それで、その日の作業予定を書く。カット○○と△△のレイアウト、とか、カット□□の動画何枚とか、具体的に書いて目標をたてる。何時までにって書いている子もいます。それで、帰宅前にその日の達成結果を書き込んで先輩に提出する、と云うことを始めてみました。これは本当に継続した訓練です。やっていれば必ず自分のスピードが読めるようになるし、ペース配分ができるようになると思います。

井上:うん、ある程度訓練だよね。自分で目標を持たないとね。テレビシリーズの原画なら1日数カットやるじゃない? 晩飯までにこのカットを終わらせなきゃ、くらいの目標は今でもその日仕事を始めるときに立てるからね。そうしなきゃ、晩飯終わった後には次のカットが控えているから晩飯をズラしてでもこのカットはそれまでに終わらせる、くらいの目標を立てて日々生活するのは大事だよね。あんまり追い込むのはあれだけど、そうでもしなきゃ、50カットの原画を月末までには終わらせなきゃいけないのに、何の目標も立てないでダラダラやっていてケツで辻褄が合うはずがないからね。

堀川:アニメーターの今週末は‘遠い未来’、今月いっぱいは‘永遠の時間’、みたいですからね(笑)。

井上:1日1日の目標がシンドければ、週単位でもいいと思うけど、俺はイラチだから。イラチってわかる? せっかちだから(笑)。その、‘晩飯までにここまで終わらせる’って意識は持っている。本人の性分にもよるよ。週単位では果てしなくズレる人もいるだろうし(笑)、それが読めないなら日々目標を立てればいいしね。

堀川:自己管理能力、自分の成長プラン、物量とタイムマネジメントに対する課題と訓練について、今はこんなふうに取り組もうと思っています。

更に前ですか -技術習得の姿勢-(1)

堀川:今度は個々の技術的課題の取り組みのことで教えてください。先回のインタビューで井上さんが‘方向性の違う2種類の憧れのアニメーターを探せ’と言われましたけど、新人アニメーターには種類が判らないんだからしょうがないと思ったんです。その、‘自分と同じ思考で描く人で、技術が自分より優れている人’って言われても、自分が描く思考なんてまだ自覚しているわけじゃない。

井上:いやいや、でも、あ、そうなのかな・・・いや、言葉に上手くできないだけで何かあると思うんだよね。

堀川:それを課題にしようとしたんですけど、その前の段階が必要だと思ったんですよ。

井上:えーっ、更に前ですか(笑)。俺はそれが最初の一歩のような気がするけど。
堀川:その前にね、画面を見て気になる作画、アニメーターじゃないですよ、作画がいいなと思うところがわかるようにしよう。その次に、その気になるところが他の作画とどこが違うかがわかるようにしようかと。

井上:うん。

堀川:画面を見ていて引っかかる作画の箇所がわかって、他との違いが何かを考えて、更に次の段階で、その作画を担当したアニメーターが、アニメートで何に取り組んでいるのかがわかるようになれば、井上さんの言われる‘2種類の’方向性の違う憧れのアニメーターが見つけられると思うんですよ。

井上:そんなに難しい問題でもないよね。

堀川:日本のアニメーションでアニメーターが求めてきた作画スタイルがどう変わってきたんだろうと思って、今回井上さんに聞いてみる前にanimator interviewを読んでみたんです。その話はまた後で伺うとして、むちゃくちゃ大雑把にまとめると、東映長編時代―1960年代くらいまでに形になったアニメートの技術は、大別しちゃうと’80年代に、なかむらたかしさんと金田伊功さんの流れになるんですよね? キーワードは‘リアル’追求と‘快感’追求ってことで。

井上:うーん、80年代はね(笑)。

堀川:みんなそのスタイルを貪欲に吸収しようとして、まず模倣してそのファクターを自分の中で上手く消化しながら、どんどん‘リアル’な表現、‘キモチイイ’作画の更に進化した表現を取り込んでいった。それで、自分なりのアレンジを加えていくうちに個性が出てきたんじゃないですか?その作画に対する執着心ですよね。新しいアニメートの表現を求めてアンテナを伸ばしているから、「Gライタン」で懐中電灯が転がっただけで目から鱗が落ちるんですよね。例えば‘存在感’か‘視覚的快感’か、自分が引っかかった作画のアニメーターがどう云うファクターを取り入れることに取り組んでいるかを考えてみることから始めよう。会社でそう云う課題を出そうと思います。沖浦(啓之)さんの作画シーンを見たら、人物の重心移動に対するこだわりが他と全然違うとかね。

井上:「イノセンス」を見たらそうだよねぇ。

堀川:小池健さんのダイナミックなシーンを見たら、元をずっとたどれば金田伊功さんにたどり着くなとか。

井上:そうだね、それ以降の金田さんにリアルなテイストを取り込んでいる、基本は金田さんだね。

堀川:あまりアニメーターの名前もしらなかった新人原画マンでも、自分がいいな、このテイストを取り入れてみたいな、と思ったアニメーターが何を表現することに取り組んでいるかがわかるようになれば、取り組み方と云うか、模倣ではなく、自分なりの消化もできると思うんですよね。その段階で、やっと技術習得のために獲得したい‘知識’がどんなものかがはっきり自覚できるのかもしれませんね。自分が何を知りたいかが明確になってくる。「どうやったら巧くなるか教えてください」って云うのは、足りないのは知識じゃない。姿勢の問題。「まず自分の課題を見つけられるように考える姿勢です」と。

井上:うん。

その通りだと思うよ -技術習得の姿勢-(2)

堀川:井上さんは僕みたいにゴチャゴチャ考えなくても自然にできてしまっているんでしょうけど

井上:うーん、それをね、堀川さんが何とかしたい、解明したい、システムとしてね、養成カリキュラムを作りたいって気持ちは解るんだけど、言葉で解決できたからって、すぐ上手く実践できることでは無いような

堀川:僕は彼らアニメーターの技術的な問いに答えることはできないけれど、自分で考えるきっかけをバンバン与えていこうと思うんですよ。そのうち自分で何かを掴んで、作画にハッと目覚めれば、若い子は著しく伸びてくると思うんですよね。だから会社に貼ってある彼らのあのクロッキーを見たときに、時にはあまりに絵に気持ちが入っていなくて怒りがこみ上げてくるのもあるんです。絵描きなら貼った絵で差をつけて、自分の力をみんなにアピールしてやろう、くらいの気概があってもいいのに。でも、「こんなの貼るくらいなら描くな!」と言うのは抑えて、継続してクロッキーの訓練は続けて、何かのきっかけでスイッチが入ったときに、そんな絵がどう変わるんだろうなーと。それまできっかけを与えてみようと思うんです、今は。僕自身いつも悶々として、答えを掴むのに何年もかかっていますから(笑)。
 ピリピリと抱き合わせのハイテンションな現場にしたいと思っているんですよ。彼等が自分で考えて取り組んだ課題に結果が出れば、そのノウハウを蓄積していこうと思います。そりゃぁ井上さんみたいな技術と自己管理に卓越した人が現場にいてくれればベストですよ。技術は盗めませんけど、仕事に対する姿勢とか、作画に対する執着心とか、そう云うものだけでも見習ってくれれば。リチャードウィリアムズが‘その人の経験から滲み出るものをキャッチしなければならない’って、これこそ経験から出る実感のある言葉だなと。井上さんの経験から滲み出るものをね

井上:まーね、間近で見られた方が・・・ささいな問題だけど、どんな鉛筆を使っているかを見るだけでもね、以外に軟らかい鉛筆使っているなとか、それがどんなことでプラスになるかって、そう云うのを間近で見られるのは大事だよね。どんな下描きなんだろうとかね、ゴミ箱見てみるとかね、そう云う環境は大事だと思うけど富山にいたら難しいかもね。でも俺も目標になる人は身近にいなくてもあんまり問題ではなかったよ。画面を見れば直接ではないけれど見られるわけだから。何かいいことを教えてあげられればいいけど、俺も我流で学んできたことばかりだから。同じくらい悩んで、こんなことで悩んでいるんですって云う具体的な悩みがあれば、もしかしたらもっと具体的なアドバイスができるかもしれないけど。画力が足りないので教えてくださいって言われると難しいね。いや、でもね、よくわかるの。それは誰もがかかえている悩みだからね。

堀川:‘井上さんから直接聞いたこと’と云うその行為自体が喜びになってしまってはいかんですしね。彼等の知りたい知識が明確で、身近で答えてくれそうな人がいなければ、誰かに訊く手段は僕にいくらでもあるので、その助力は惜しまないからそこまでは自分で執着心を持って掴んで欲しいんですよ。「見ても違いがわかんないんですよねー」、「そうなんだ、じゃぁ判るようになれよ」から、もっとこちらから踏み込んで行こうかなと。そのままポヨヨーンと過ぎていくのを見ていることがもどかしくて。そのためには今仕掛けるしかないんですよね。始めて最初の数年で蓄えた執着心のエネルギーで、ボーンと6年間で行ける所まで突き進むんだと。

井上:うーん・・・その通りだと思うよ。

ディズニーの方が全然上

堀川:少し日本の作画スタイルの変遷のようなものを知識として教えて欲しいのですが、まずディズニーの表現と、1950年代後半から東映動画長編時代のアニメーターが目指した表現の違いを。‘東洋のディズニー’を目指したんですよね?

井上:それはポジションと言うか位置的なものだよね。何ら影響されていないと思うよ。ディズニーの作画形式にはね。

堀川:何故なんですか?

井上:わからない。

堀川:その前の日動映画からディズニーの作画スタイルを良しとしなかったんですか?

井上:わからない。まず情報が無かったって云うのもあるんじゃない?実際の原画を見ることもなかっただろうし、上映されたものは見たかもしれないけれど、不思議なくらいディズニーの影響を受けているものは無いよね。ロシアのソ連時代の作画表現も全然ディズニーとは違うけれど、今、海外のアニメーションは全てディズニーの模倣って言えるよね。カルアーツの出身者が各国に散ったってことなのかなぁ。画面を見ると、ディズニー製かなと思ったら、スウェーデンやデンマークのアニメーションだったりするからね。技術的にもほぼ同じだよ。デザインのセンスから美術のセンスからもう、国の違いは無く日本だけがむしろ独自の発達を遂げたって言うか。

堀川:ロシアですか・・・「雪の女王」見てたら途中で寝てしまって・・・

井上:あぁ、俺も寝そうになるよ(笑)。

堀川:話を戻しますが、ディズニーの黄金期のアニメーションと、東映長編時代のアニメーションを比べて見て、追求したアニメートはどの部分が全く違うんですか?

井上:うーん、違うよね、全然ね。

堀川:例えば技術的にはほぼ完成された時代の「白雪姫」を、当時の東映のアニメーターは見ているじゃないですか?

井上:たぶん見てるよね。

堀川:それに対して「俺たちのアニメートはこっちの方向じゃないんだ」ってものがあったってことですよね?それを取り入れなかったのは。

井上:あったんだろうねぇ。ディズニー風にならなかったってことは、あったんだろうけど。

堀川:経済的な制約が要因とかね。

井上:ディズニーの技術が完成されたころのものとね、東映長編時代の充分いいとされているものを比べたって、やっぱり、その、技術的には差があるよね。もう、ディズニーの方が動きをコントロールする技術では全然上だよね。ちょっと乱暴な言い方をしちゃうと、動きをコントロールする技術では、プロとアマチュアって言ってもいいくらいのレベルの差だと思うんだよね。

堀川:好みの問題じゃなくて?

井上:じゃなくて。とにかくもうね、動きをコントロールできているかどうか、と云う点では日本のアニメーションってずっと動きをコントロールできずに来ていると思うんだよね。それは今でもそうだと思う。

堀川:自分が頭で描いた動きが形にできないってことですか?

井上:それが曖昧な上に、それを原画で表現する技術があまり。ディズニーは原画を描く上で非常によく動きをコントロールしている。コントロールする技術がないとあの動きは描けない。そこが日本のアニメーションとディズニーとの一番の違い。だから、日本のアニメーションってずっと動かす技術不在で来ていると言ってしまっていいんじゃないかなぁ。

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